山崎烝の呪われた一日



「山崎君。本日は君に特別な要件を頼みたい」
 新選組副長土方歳三の部屋に呼び出しを受けたのは監察の山崎烝。おもに不逞浪士などを極秘裏に探索することを任務とし、または新選組内のすべての組の人の日常を監視する役割をも担っている。
 副長の指令のまま時には変装までし、自我を殺して忠実に励むこの役割を命じられたことを、山崎は誇りにしていた。
 かつて不逞浪士が都全体に火を放つ計画をしようと眉一つ動かさずに「通常任務」として探ることを命じた副長が、あえて今日は「特別な要件」と単刀直入に口にした。
 山崎は少しばかり胸にドキリとした緊張を得る。
「特別」と枕詞がつく要件とはいかようなものか。
 今までにない……重大な任務を受け持てることに山崎の心臓は高鳴ったのだが。
「昨今組内では呪いなるものが流行(ブーム)となっていることは心得ているか」
「はぁああああ?」
 思わず山崎は間の抜けた返答を返してしまった。
「もとは沖田君の呪い人形より火がついたものだが、ここまで組内に呪いがはびこるとは何かに憑かれたのではないか、というものまでいる」
「副長」
 山崎は緊張の糸がぷつりと切れ、つい早口でまくし立てた。
「それ本気で言っているのか?」
「おかしなことを聞く。私は冗談は好かない」
 と、大真面目で返答してきたので、山崎は心の中で大きくため息をひとつ落とした。
 もはや数年の付き合いとなる直属の上司が、まったく冗談を口にする性格ではなく、ついでにいつも大真面目であることを山崎はよくよく心得ていたりもしたが、まさか大流行「呪い」がはごこるのは何かに憑かれたからなどと考える人間だとは思いもしなかった。
「本気なら要件とやら聞こう……それで副長は私に何をせよと言うんだ」
 山崎は副長の「本気」にかなり疲れてしまい、ついでに何を聞かされようとこれ以上の脱力感を味わうことはないだろう、と思ったのだが。
「原田君が霊験あらたかな…おがみやを知ってるといってな。だが住所不定。その人物を原田君に聞いて探しつれてきてもらえるか」
「副長……」
 山崎はいつもの観察の役割とは大きく離れた事柄に、さらなる脱力感が身体を支配する。
「おがみやなら、ここは都ですからけっこう高名な人間はいる。そんな住所不定な人間を捜さずとも、ちゃんとした陰陽師なり神主なり捜した方がいい」
「そうか。神主でも祓えるものか」
「祓えるでしょう、普通」
 どうやら副長は非現実関係がまったく不得手としているらしい。
「なら、とにかく霊験あらたかな……この組にとり付いているものを祓える呪術師を連れて着てくれ。あぁ沖田君に憑いているものを祓えればさらによし」
 一番隊組長……ぞくに天才剣士と呼ばれた沖田総司は、池田屋の騒動以来身体を悪くし、部屋にて養生をする日々が続いている。 そのためか部屋で気鬱が重なったらしく、いつもの明るい快活な少年のような無邪気さが消え失せ、まさに何かに憑かれたかのように呪い人形を作り、クックックッと妖しげな笑いを丑三つ時に響かせたりしている。
 この沖田作成の呪い人形が絶大な効果を持つと噂が駆け回り、隊士は夜にしのんで沖田に呪いの依頼をするようになった。いつしか誰もがあっという間に沖田に呪い人形を頼むようになるのは広まり、今では都の妖しげな呪術道具やらが隊内大流行。呪いが語られぬ日々かなく、ついには「不逞浪士も呪いで退治」など本気で言い出す始末。この風紀の乱れを副長がひどく気にしていたのは山崎は知っていたが、その対処策として「憑きものを祓う」と考えつくとは。
(人迷惑な……)
 呪いの大流行など副長が全隊士の前で、「深い極まりない」と一喝すればそれですむことだろう。だが、一応は呪いは隊務に支障が出ているわけでもなく、私的なこととまだ思われているので、副長も私的なことに深入りはできないとでも考えているのか。
(遠回りの……面倒なことを)
 だが、新選組監察山崎烝。副長の命令を今まで一度としてたがえたことがないことが、一番の自慢。
 フッと口元にニヤリと薄気味悪い笑みを漏らし、副長に軽く会釈をしながら、
「必ずや霊験あらたかなおがみやもどきを連れてくる。今すぐにでも」
 山崎はそのまま副長の部屋に出て、この面倒な役割をさっさとすませて、普段の不逞浪士の探索とか組員の監視の仕事に戻ろうと思った。
「ちょいと烝さん」
 副長の部屋を退出してすぐに、山崎は十番隊組長原田左之助に呼び止められてしまった。
 一刻も早くこの副長のはた迷惑な要件を達成して、通常の任務に戻ることを切実に望む山崎は、いつも捕まれば一時は解放はしてはくれない原田の顔を見て内心……心でいやぁな気持ちになっている。
「烝さんよ。俺が前に酒を飲みに行ったのはいつだっけな」
「ああ」
 新選組監察山崎烝には、ある特技がひとつある。
 それは知る人には重宝され、または監察の役割には完璧に役に立つ。
「五日前の非番の夜。永倉さんと祇園に飲みに行ったはず。ついでにそのまえは七日前、このときは平隊士数名と」
「そうだったか……五日前か……。じゃあ、まだ祇園に洒落込むのはやめておいた方がいいなぁ」
「ついでに沖田さんと藤堂さんにそれぞれ二両ずつ借金がある。お忘れなく」
「ひゃあ。烝さくの記憶力はすごいものだな」
「褒められたと受け止めておく」
 原田に早々に背を向けると、今度は組の世話人のようになっている六番隊組長井上源三郎がなにやらぼんやりと指でなにかを数えながら廊下を歩いている。
「井上さん、ぼんやりなさるとだれぞにぶつかりますよ」
 山崎がそう声をかけると、ハッとして井上は人の良い顔で「烝さん」と呼んだ。
「少し総司に滋養となるものを食べさせようと思ってね。あいつは菓子くらいしかほとんど口に入れなくて困りもの。昨日は木屋町のかまぼこ。その前はまんじゅう。どうもその前がなんだったか思い出せなくてね」
「三日前はなじみの料亭お鶴の女将に都の精進料理を一式。これは沖田さんには不評でした。四日前はぼたもち。甘めでこれは好評。 そのまえは都式うなぎ。爬虫類は見るのもイヤだ、とのことで原田さんのお腹におさまり、その前は蜆売りより蜆を大量に購入され、それを味噌汁にして飲まされ、好評。そのまえは……」
「うわぁ……いいよ烝さん。頭が痛くなってきた」
「これくらいでよかったですか」
「充分だよ。相変わらずだね、烝さん。次から次へと記憶があふれてくる」
「幼少のときよりの単なる癖というもの。家で店であったため、お客にいうことを一々覚え、あとで反芻することが多く、いつのまにか耳に言葉として入ってきたものは忘れなくなっていただけです」
 そう、それが山崎烝の最たる特技。時として最たる武器となり、時には最たる邪魔になるものであったが。
 この特技を知る新選組隊内のものは、山崎に一日のことを細かに聞かせ、まるで日記のごとく使っていたりする。呆れてもいるが、哀しきことに耳に入ったものは忘れはしない山崎烝。いつのまにか皆に体よく使われるのも慣れてしまった。
「じゃあ今日は魚でももとめてこようか。烝さん、魚はさして総司に食べさせてはいなかったと思うがね」
「はい。ただ三日前の精進料理のさい、永倉さんが酒のつまみでと用意した鮭を沖田さんは食べていました。それから……二十五日前に鮭の子のいくらを土方副長が沖田さんに無理やり食べさせ、さらには……」
「分かったよ。総司の好きな白魚でももとめてくる。烝さん、邪魔したね」
 井上はどこか空恐ろしいものを見るように山崎を見たが、一瞬後に二コリと人の良い……年よりもかなり老けているように見せる笑顔となり、ニコッと笑ったのだった。
 井上源三郎はあまり剣術に際しては得手とはしていない。
 局長近藤勇が養子と入り後に道場主となった天然理心流宗家…試衛館にて、先代より内弟子として住み込み剣術を習得したが、才能は剣術よりも、内情が苦しい道場の経営に発露した。銭を使わずにいかに道場を運営するか。裁縫や大工の手際のよさ。 食糧確保のための川辺での釣り、秋には山菜などの採取。井上はそのすべてに秀で、誰も右に出るものはない。ただ同じく試衛館の内弟子として内情の苦しさを知りぬいた沖田総司だけは、裁縫にかけては井上に勝るとも劣らない腕を持つという。
「井上さん。嵐山は今は山菜が多く手に入る時期のようです」
 その後姿に語りかけて、ようやく山崎は新選組屯所より足を踏み出した。
 目指すは副長の依頼により、屯所に憑いているらしい何かを祓うおがみやなどをつれてくること。
 山崎の頭には公務などで見かけた神社、仏閣などが頭に入っている。最初に頭に浮かんだのは、屯所よりさして離れてはいない西護神社というところだが、まったく氏子も費え、人の参詣もまばらとなった廃棄同然の神社だった。
(どうせ隊内に呪いがはびこり、これは何かが憑いていると思われる。祓っていただけないか、などという荒唐無稽な依頼だ。こんな依頼を高名な神主のいる神社に持っていけば、すぐに笑われ追い出されるに決まっている)
 そんな依頼を新選組副長土方歳三が、本気で持ち込んだなど知られれば、巷に「鬼副長」と呼ばれ畏敬される土方歳三の印象が型崩れ。こういう噂は都では広まることは一瞬なのだ。
 そればかりか、新選組隊内には呪いがはびこり何かが憑いているなどという噂が立てば、新入隊士の数も減りかねない。
(沖田さんも困ったお人だ。呪い人形など……)
 呪いの要因を山崎は心底から「呪いたい」気分に陥っていた。
(呪いなど効果があろうはずもない)
 ただ、呪いという形を持ち人に向ける負の感情の塊が、時として目に見えぬ形で人に及ぼす現象がないとはいえない。
 昨今は沖田総司は呪い人形五号に入っている。誰の人形かと尋ねると、ヒッヒッヒッと今度は何に憑かれたか知れぬ奇怪な笑い声を響かせ、人形を自らの頬でスリスリとして、「内緒」と言ったのだ。
 また、なにやら一つの人形が隊内に騒乱を引き起こすのではないか、と監察としての山崎の心労は耐えない。
(いっそ隊内を騒がす総元締めとして、局中法度にかけてやろうか)
 だが、呪いを振りまくことなかれ、という法度は存在しない。副長にいって作ってもらおうかなどと考えたそのとき。
 ぼんやりと往来を歩いていた山崎の傍らを通り過ぎていった浪士風情の男に、山崎の六感が反応したのか。ピクリと肩が震えた。
「そこのもの」
 通り過ぎていった相手に背を向けたまま、山崎は低く声をかけた。
「志士気取りの不逞浪士。新選組手配張(通称ブラックリスト)ナンバー1523(←はっきりといって小物……名前すら覚える価値がない)新選組監察山崎烝だ。捕獲する」
「なっ……」
 不逞浪士は自分が新選組のブラックリストに入っているとも思わなかったのか、ぼう然となった次の瞬間、まずは逃げに入るが、そこは普段から隠密的行動をしている山崎だ。すぐさま刀の柄で相手の鳩尾を狙い、次には銭形平次よろしく縄を繰り出しあっさりと捕獲した。
「私と会ったのが不運だナンバー1523。私でなければ誰一人としておまえに気づくものなどいないものを」
 それは、誰もそれほど捕獲するほどの重要人物でないため顔も名前も覚えていないということなのだが、ブラックリストの人間の似顔絵をすべて頭に入っている山崎にとっては、ブラックリストにのっているものは等しく捕獲の対象となる。
 いや、大物の志士を公務で追っているときは、道端でブラックリストの相手と会おうと公務を優先するが、今は公務といえども雑用なもの。意識がすべてのブラックリスト全員に注がれている。
 巡察で近くを通った二番隊にナンバー1523を引き渡すと、二番隊を預かる永倉新八はため息ながら、
「烝さん一人で、この都の小物志士もどきを一掃してしまいそうだ」
 と、苦笑していた。
 気を取り直して山崎は、少しばかり永倉と並び立って歩いていたが、一度あることは二度も三度も続くものだ。
 二番隊と何喰わない顔ですれ違った十人ほどの浪士の集団に、ピクリと記憶が反応する。
「待たれよ、浪士たち」
 なにごと、と振り向いた集団に、山崎は一人ずつ指を指し、
「おまえは手配張ナンバー3512。おまえは2514。おぅおまえは中々だ、982。それからこっちは……」
「烝さん、とにかく全員が手配張の小物なのか」
 傍らの永倉が山崎の口上を遮り、まくし立てた。
「そうだ。ほとんど小物の志士として名など全然知られていないものだが」
「よし」
 永倉はすばやく隊士を指揮して、「小物!」といきり立っている浪士集団を捕獲した。
「で、烝さん。なんでこいつら手配張に載っているんだ。見るからに浪士といっても……」
「たんに自称というだけだ。こいつらの容疑は強盗など普通は奉行所の取り締まりなのだが、浪士と称しているので手配書が新選組に回ってきたと見える」
「夜盗崩れとの浪士かよ」
「ただ、このナンバー982。この男はいささか長州にコネを持つ。屯所でじっくりと調べると本人は小物でしかないので何かをはくかも」
「了承した」
 永倉は手配書の浪士を平隊士に厳重に捕獲させながら、屯所に戻っていった。
(無駄な労力を使った)
 山崎烝若干お疲れ。だが不運というのは続くもの。その西護神社に辿り着くまで、行き当たりばったりの浪士なんと六十五人。そのすべてを捕獲し、巡察に渡して、ヘトヘトになりながら西護神社に辿り着いたそのとき、山崎はへろへろに疲労していた。
(厄日だ……これぞ何かに呪われているのではないか)
 本殿に続く階段をグッタリとしてのぼると、そこにはすでに小さな地震でも崩れ去るのではないかと思わせる形だけをとどめた社殿があった。
 一応に社殿に入り、宮司に取り次ぐ下男が出てきた。
 簡単に要件を伝え、社殿の中に通される。そこは崩れかけている社殿に相応しく、かび臭く、生活の匂いすらしない。だが、不思議と人の活気が満ちている。
(不思議な……)
 社殿の宮司のもとに通された山崎は、その老齢なまさに年期が入っているというべき宮司と視線を重ねた。
 皺深く、その瞳はほとんど閉じられているか開かれているか判断のしようがない。
(この宮司……なかなかに霊験あらたかかもしれない)
 山崎の六感が何かを感じていた。宮司の鋭い気から、恐るべき威圧を受けるのだ。
「この忘れたられたおいぼれにご用件とはどんなことじゃろうて」
「私は……私は新選組観察山崎烝と申すもの」
 瞬間、ピクリと宮司は身体を浮かし、二歩、三歩と後ろに下がったが、すぐにホッホッと狡猾な笑みを漏らし、瞳をスッと開けた。
 山崎は何事と思いつつも、微動だにしない。
「さすがは噂に名高き新選組の監察。ついに此処が浪士の集まる場であると突き止めたか」
(なんだと……)
 監察として浪士の集まる場所を突き止めるのは山崎の務め。探り当てた場所は多いが、未だに謎の場所も数多あった。
 ましてこの西護神社などまったく眼中になく、頭に入ってもいない。
(こんな廃寺もどきに集会場があったとは……)
 山崎はその滅多に感情を浮かばせない端麗な顔に、ゆっくりと冷酷な色合いを乗せ、
「当然至極。この監察に見抜けぬ場所などない」
 と、ニヤリとして言った。
(これぞ偶然の産物だな)
「我々も新選組をあまく見たか。ならば、先に失敗した長州などにかわり我らが都に火をつける計画もすでに知っているということか」
「当然だ」
(そんな計画があったのか……副長に知らせねばな)
「まさか、今日これから浪士たちの集会があることも……」
「知っている。この神社は隊士が囲んでいる。浪士が集まるまでにまずは貴殿を捕まれ、現れた浪士はすべて捕獲する段取りだ」
(すぐに手配しないとな……ここから一番近い番所は……いや巡察が通るの待った方がいいか)
 山崎の研ぎ澄まされた六感には、神社の敷地には先ほどの下男の気配しか感じない。
 あの下男を取り押さえれば、今日ここに集まる浪士につなぎをとるものはいないだろう。
 浪士一網打尽。なんと幸運が舞い込んできたのだろう。
「わしも長州のつなぎといわれた元締め。見苦しい挙動はせぬ。見よ」
 と、宮司が舌を噛み切ろうとしたので、山崎は自らの思考にふけりながらも、勝手に右手が動き、刀の束をヒョイと宮司の鳩尾にあて、噛み切る前に気絶させるにいたった。
 隊内では見せることはない残酷なにんまりとした笑いをのぼらせる。
「死んでもらっては困る。おまえには吐いてもらわないと……いや、隊内の祓いを……気絶させない方がよかったか」
 自分の第一の目的を思い出し、ついでに外は月輝く時刻になっていることに山崎は愕然とした。
「私が任務をその日に遂行できないというのか」
 そのようなこと今まで一度としてなかった。これでは副長の信頼が消えていく……。
「オイ宮司。まずは宮司として屯所に行ってくれないか。それから事が終わったら浪士の元締めとして何もかも白状する……」
 そんな巧い話はあるはずがない。
 どうやら山崎烝。監察としてはじめて副長の依頼を……その日に片付けられるものを片付けることができなかったようだ。


「いや、山崎君。見事な働きだ」
 西護神社にのこのこ現れた浪士数十名。すべて山崎の報せにより神社を取り囲んでいた隊士に捕獲され、現在は取調べ中である。
「まさか、あのような神社が浪士の集会場であったとは」
 局長にお褒めの言葉と、報奨金をいただいた山崎である。かねてより妖しいと思っていた神社だったが、今日浪士の集会があると突き止め、見事捕獲に成功したということになっているが、すべて偶然の産物であることは山崎の胸の中におさめられた。
「ところで山崎君」
 と、腕を組み目を閉じていた副長土方歳三が低く声を響かせる。
「私の要件はどうなったか」
(ついに来た……この話)
「今回のこと迅速かつ俊敏な処置だった。が、私はこの隊内にはびこる呪いを祓うものといったはずだ。浪士の元締めの宮司では、役に立たない」
(何か気づいているのではないか……副長。この人の腹はよめない)
 山崎は内心ヒヤリとした感覚を味わう。
「と、とし?  山崎君は一日で浪士を百人ほども検挙という……」
「近藤さん。浪士よりもまずは屯所にはびこる大流行の呪いの処置だ」
「と……とし??? お役目大事のおまえがどうしたのだ」
「この屯所に呪い大流行など巷に噂となったらどうする。今は、外なる浪士のことよりも内をまとめるのが大事。山崎君、君は私の要件を果たしてはくれなかったのだな」
 副長土方歳三。いつのまにか優先事項が屯所の呪いが第一になっているようだ。
「申し訳がない。浪士に気を取られ……明日には確実に」
「山崎君はどうもこの任にはあわぬようだ。……よほどの大物を公務でおわない限り、道歩けば浪士にぶつかる。これの繰り返しではいつまでたっても堂々巡りだ。島田君に頼もう」
「ふ、副長。私は……」
 今まで副長の依頼をひとつたりとも人任せにせず、この手で達成してきたことが誇りの山崎だ。
「なに。これより山崎君には桂小五郎の潜伏先探索の通常任務に戻ってもらう。本日はご苦労だった」
「副長」
 山崎烝屈辱の一日。どれだけ報奨金や褒めの言葉をもらおうと、この屈辱は癒えることはない。
 トボトボと副長の部屋から出、消沈した顔をしていると、いつからその場にいるのか沖田総司が呪い人形一号(歳さん呪い人形)と新作の五号を抱いて、気配もなく曲がり角に佇んでいる。
「クックックッ」
 未だ沖田総司は池田屋前の素直で純粋な少年のような無邪気な人間に戻りはしない。
 なにぞ何種類もの動物霊がとりついたのは間違いないらしく、おかしな言動と笑いを漏らしていたりした。
「山崎さん。どうです、呪い人形でも。ご希望の品を作りますよ。今、山崎さんには人形が必要なようで」
「沖田さん……」
「つくってあげますよ~。呪いのお仲間にもいれてあげますぅ。だから、呪いを祓うおがみやなど連れて来ようとなんかしないでくださいね。今日と同じような目にあいますよ」
 ニヤリと沖田の目が光った。
「それは沖田さん。どういうことだ」
 沖田はまたクックックッと低い笑い声を放つ。
「楽しかったでしょう。山崎さんも歩けば浪士にあたる」
 ピクリと山崎の肩が浮いた。
「浪士に当たりすぎて、本来の役目は遠ざかり、ようやく見えたらそこは……クックックッ」
 山崎は薄気味悪い感覚に支配され、副長以上に捕らえようのない沖田を見つめるしかなかった。
 しかも沖田が傍らに抱いている人形は、その姿はどうも山崎に似ているのは気のせいか。思えば、五日ほど前に沖田に髪の毛一本抜かれたことがあった。
「呪いって絶大な力があるんですよ。いつか、呪いで桂小五郎捕まえますよ。あっ潜伏先突き止めましょうか。山崎さんの仕事なくなっちゃうね」
 どう見てる副長に瓜二つの人形と山崎に似通っている新作人形を抱いて、沖田は山崎の瞳と笑いながら重ねる。
「だから呪いに関わりたくないなら余計な事はしないでね……この人形に悪事をしてほしくなければね」
 沖田は人形を抱いたまま、副長の部屋に入っていった。
 山崎烝。非現実的なことは、さして信じない男。
 役目は監察。役割に適した特技を持つが、その特技は悪用されることも多い。
 役目に忠実に、無事達成することに喜びを抱く男。
 その山崎烝をして、はじめて「呪い」の効果を寒気をもって知らしめるほど、どうやら屯所にはびこる呪いの効果は絶大らしい。
「呪いか」
 それで桂小五郎の潜伏先を突き止められるならば、それはそれで面白いかも、なんて山崎は思ったりもしている……ようだ。
 とにもかくにも山崎烝の呪われた一日は、ようやく終わりを告げた。

山崎烝の呪われた一日

山崎烝の呪われた一日

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  • 【初出】 2007年ごろ
  • 【修正版】 2012年12月9日(日)
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