廟堂に鎮座する「長州閥」の人員たちは、薩摩にとっては「異人種」に等しい。
彼らの陽気さも、だらだらと弁舌巧みに綴るところも、個性主義を尊び、個人が身勝手に動くことを何一つ誰も「奇怪」と思わぬことも意味不明すぎる。
規律正しい薩摩は上下の統制は完璧と自負する。上のものの判断は末端までいきわたる。
それが長州に限っては「統率」ではなく、「感情」で動くものだから始末におえない。薩摩人は長州人と話すたびに違和感ばかりが先に立つ。
それでも新政府にて幅を利かす薩摩と長州だ。互いに手を取り合って政府を動かしていかねばならない。
大蔵卿大久保利通としては、この独断傾向が強すぎる長州閥にて「首魁」といわれる木戸がそのうち取り仕切るだろうと大いに期待していたのだが、どうやらことの大本が木戸にあることを、ようやく明治四年にして理解するに至った。
「君たちは本当に私には考えもおよばないことをしてくれるから、驚いて胃も痛いけど……飽きないね」
身勝手に上の許可もなく動いた後輩たちに、木戸はそう微笑んで済ませる。
現在のところその独断傾向は良い方面で結果が出ているから笑えるのだろうが、これが最たる失敗に繋がったらいかがするのか。
以前そういうことを大久保が木戸に質すと、
またしても微笑んで木戸はこういいきった。
「若い者が独断的かつ個性的に動くことは当然のことです。それが若いということなのですから。……若い時に僅かな失敗を咎めても仕方ありません。いざとなれば私が責任をとります」
これは長州人にとっては当然の理屈であり、長州藩という国の「家風」に等しい。
されど薩摩人の大久保の感想はと言えば、長州は……いや木戸孝允自身は、後輩たちに至極甘すぎる、というものになる。
長州毛利家の資質を木戸がそのままに受け継いだということを大久保は知らない。
今は亡き長州藩主毛利敬親は、とてつもなく寛大な当主だった。あの幕末の当時、キラ星のように長州には若手に逸材が現れ輝き、そのものたちが独断的に動き、それが藩に迷惑をかけようとも「若い者がなにかしでかそうとも、若いのだから許してやりなさい」と笑った。
そうせい侯などとあだ名されるほど、家臣にすべてを任せた藩公だが、毛利敬親は寛大にして温厚。そして最たる美点は決して無能なものをその身に近寄らせることはなかったということがあげられる。
審眼というべきか、彼の周りにいた人物はほとんどが有能な人物たちである。
その毛利侯に可愛がられた木戸は、主君の寛大さにより後輩たちの罪が見逃されたこと、または自分があえて見過ごしたことを咎められなかったことに深く感銘を受け現在にいたった。
長州の面々はこの貴公子然とした容姿きれいにして、物腰優雅な木戸を慕っている。幕末の時に自分たちの罪状をすべて木戸が庇ってくれ、不問に伏された恩義が大量にある。
ましてや明治に入り鬱気味ではかなくたゆたうかのような風情の木戸を心配し、過保護と言えるほどの面倒見と世話を焼く人間までもいるほどだ。
後輩に対して命令を使わず、ほとんど笑って流し、困ったときにそっと横から助けの手を出す。
木戸という長州の首魁は、命令系統と上下の規律で成り立つ薩摩には、不可思議でしかなく「異人種」の親玉と称しても、大いに薩摩隼人ならば納得するといったところだ。
長州閥の人間は些細な喧嘩を必ずおおごとにする素質がある。
その理由は甚だ不明だったのだが、一対一の喧嘩が周囲を巻き込んで大騒ぎになるということがほとんどだ。
長州の人間たちの仕事が多大に遅れがちになると、喧嘩がどこかでぼっ発していると考えても八割の確率で正解である。
「梧楼ちゃんが僕をチビというから悪い」
木戸の仕事部屋で陸軍少将山田顕義が捲くし立てる。
「市だって、俺をボケているといったじゃないか」
同じく陸軍少将の三浦梧楼が受けてたち、
「僕はね。チビとか小さいとか背丈のことを言われるのが大嫌いなんだよ」
山田は三浦の足をギュッと踏みつけ、
「俺も、ボケているなんていわれると悲しいし腹もたちます」
三浦は山田の髪を引っ張る。
「二人とも、そんな子ども染みたことはやめなさい」
木戸は二人の十以上年が離れた後輩たちを、何とか宥めにはいる。
「まぁしょうがないじゃないかよ。市が小さいのも、梧楼がボケているのも事実だからな」
此処に火に油を注ぐ人間がいる。
大蔵大輔井上馨。長州閥の重鎮であり、財政面を幕末のおりより任されて来た男でもある。今も家宝の元禄小判を磨きながら、ニヤリと笑った。
「お義父さん。金の亡者は女性に嫌われますよぅ」
山田の妻滝子は井上の養女のため、山田から見れば井上は義理の父親ということになる。
だが普段は「井上さん」と呼んでいるため、山田が井上を「お義父さん」と呼ぶときは腹に一物あるときだ。
「井上さんは小判の次に女性がお好きですからね。確か女性の免許皆伝でしたか」
三浦の言葉に気を良くした井上は立ち上がり、三浦の肩をポンポンとたたき、
「惚けている梧楼にしてはよく覚えているな」
ピキッと三浦のよく整った見ようによっては端正な顔色が変わった。
だが井上としては、これで三浦を褒めているつもりである。
「おまえもようやく妻をもらったがな。女というものは遊女に限るぞ。それとな熟女はこう触り心地が……」
「聞多。こんな昼間から女性教授はいいよ。それに聞多の好みはね。健康的な女性だから僕とは趣味が違うし」
木戸の仕事部屋に「八つ時休憩」で集まった長州閥の面々のために、茶を入れている伊藤が口を出した。
「俺様はおまえのように手当たり次第の女ならば誰でもいいというわけではないんだ」
「なに? それ僕に喧嘩を売っているの」
普段は仲の良いお神酒徳利が、いざ女性の趣味や好みについては相容れないらしい。
伊藤は思いっきり熱く沸かした湯で茶をいれ、井上の前に置いて、にっこりと笑った。
「俺様が猫舌と承知で熱く入れたな。こんなの飲めば火傷だ」
「此処に七味をドバッと入れてやっても良かったんだけど、熱いだけにしておいたよ」
井上は辛いものが大の苦手でもある。
「俊輔」
「なにさ、聞多」
十代よりの付き合いの二人が、些細なことで平行線の火花散るにらみ合いに突入した。
「僕は茶じゃなくて、宮内より回してもらう温かな牛乳と決まっているはずなんだけど、伊藤さん」
「今更、その小豆の如し背を矯正しようとし牛乳なるものを飲んでも、人間には努力ではいかようにもならぬことがあることを知っているかい、市」
一時洋行より帰国した品川弥二郎が、村塾以来の仲良しの山田に茶々を入れてくる。品川はなぜか山田を見れば嫌味の一つや二つを言わずにはいられない男だ。困ったものである。
「それに高くなったらかくれんぼが下手になるぞ」
「弥二ぃ。この嫌味男が」
品川は苦みきったその癖のある顔貌に、さらに薄い歪みすら加え、笑いながら伊藤が入れた茶を飲んだ。
「嫌味? これはおかしいな。弥二は事実をいっているだけなのだが」
「このぉぉぉ」
品川に向け必殺の足蹴を繰り出そうとも、顔色ひとつ変えずヒョイと避ける品川に、山田のその童顔の顔面には怒りが走る。
「女性はこまやかで、やさしく、賢いに限る。我が妻ほどの女はいないです」
三浦がうっとりとした顔で宣言をする。
「おまえは新妻にほだされているのか。散々嫁探しに苦労してよ。桂さんにまで梧楼のもとに嫁にきてくれる人はいるのかって言わせたじゃないか」
「そうだね。梧楼のようにボケている人間のところに来た嫁さんは、本当にできた人だね」
井上に続いて、伊藤まで三浦の新妻について語りだす。
「小弥太。どうにかいってください」
この騒々しい輪に加わらない人間が四人部屋にはいる。
当の昔にこの騒々しさをやめさせることを諦めた部屋の主木戸孝允は、いつのまにか仕事机に戻りため息がてら茶を飲んでいる。
もう一人は「勝手にやれ」とばかりに壁に身を預け、伊藤が入れた茶をただ飲む兵部大輔の山県有朋。この男が寡黙なのも、表情がほとんど動かないのもいつものこと。長州閥では誰も気にもしない。
そして三浦の傍らに座っている兵部省出仕となっている鳥尾小弥太は、相棒の銃刀を抱え、その無骨だが整った顔は色をなさない。同郷の人間の話は聞いていたが中に加わろうとはしなかった。
だが女性に関しては実直で真面目。妻一筋のこの男は、伊藤や井上の発言に密かにイラッとしている。
そして木戸の仕事部屋にある金魚をうっとり見つめるのは山尾庸三。伊藤、井上とともに幕末のおり英国に密留学をした「長州五傑」の一人であり、今年帰国し民部権大丞に任じられた。
この山尾に関しては専門分野は研究していたこともあり「工業分野」なのだが、もう一つ仕事とは別の得意分野を持っている。
山尾はその昔からその目に不可思議なものを映すことができた。その能力の向上のために噂では英国で「悪霊祓い」の能力を身につけたというか、真偽は定かではない。……また、昔より金魚が好きで、藩公のもとにある金魚鉢を一日中眺めていても飽きない男でもあった。そして最たる特徴として影が薄い。今も金魚を見つめている山尾の存在など皆が忘れている。
「梧楼。女狂いの人間たちの話など聞かなくていい」
鳥尾は「よしよし」と三浦の頭を撫ぜ、わずかに無機質な眼光に力を込め伊藤と井上を睨み吸えた。
「いったな、小弥太。俺様のどこが女狂いだ。その台詞は俊輔に当てはまることだろう」
「なに? その自分は無関係という顔? 好みの女性なら聞多だって手当たり次第じゃないか」
「俺様はおまえとは違う。給与をほっとんど女で使い果たすおまえは絶対にそのうち破産するぞ。いいか、ほどほどということとな。金のかからん自分に惚れてくれる女を捜せ」
「色町で放蕩する聞多がなにを言う」
「箒をなぎ倒すように女に手を出す俊輔にいわれたくはないぜ」
「最低だな、二人とも」
鳥尾は重く吐息を漏らし、三浦の耳をあえて塞ぐ。
「新妻をもらった梧楼にそのような話を聞かせないで欲しい。悪い遊びを覚えたらどうする」
「いいか、小弥太。男たるもの遊びの一つや二つや三つや四つできずにどうする。そして例えそれを妻に悟られても平然と笑っているのが男の甲斐性というものだ」
「そして武子さんに追い出されて行き場のない旅に出るんだよね、聞多は」
「おまえだって梅ちゃんに追い出されて、よく俺のところに転がり込むだろうが。梅ちゃん怒っていたぞ。家に芸者をわんさか呼んで放蕩を繰り返し、費用が払えず着物を質に入れたことがどれだけあるか」
「ここでそれをいうかな。聞多だって浮気がばれて夜中に家からポイッと追い出されて……」
「最低だ」
鳥尾はもう一度低く呟き、銃刀をわずかに動かし伊藤と井上に向けた。
「こ……小弥? 冗談だよな」
「世の中の女性の敵だ」
「おい……こんなのどこの男だってやっていることじゃないか」
「敵だ。……あなた方に比べれば、日本庭園に陶酔する山県が至極まともな男に見える」
木戸に「二人で茶を飲もう」と招かれ、山県は木戸の仕事机の傍らの椅子に座り、騒がしい連中らを尻目に二人で会話をしていた。
『本当にみな、しょうがないのだから』
と、木戸はため息を何度ついたか知れない。
そして話の内容がついに山県に迫り、部屋の中で独自の空間を作っていた男もビクリと肩を浮かす。
「山県がまとも? 小弥太もおかしなことをいうよ。山県なぁんか庭にしか興味がない木石じゃないか」
山田が品川との言い争いに疲れたのか、ソファーにグッタリと身を預けた。
「女と遊ぶこともできない男は、男としての甲斐性がないともいうね」
そう、にっこりと笑ったのは伊藤。
「仕方がないじゃないか。山県の恋人は庭なんだからよ」
ようやく冷めてきた茶に試しに口をつけてみると、やはり熱くて井上はおかしな雄たけびを上げた。
当の山県は木戸を見つめつつ、「庭が恋人でけっこうだ」といった構えで取り合おうともしない。
「それに、あぁんな無愛想で寡黙な男が女にモテるはずがないよ」
「なに? 男は愛想だとでもいうの? 伊藤さん」
「市。女も愛想は大事だけど、男だって大事さ。お互い暗くて無愛想な相手の傍で楽しめると思う?」
なるほど、と伊藤の御託に頷く山田だったが、
「愛想に騙されてはいけないね、市。愛想だけは良いが心根が悪く男を騙す女はたんといる。ほら、そういう女に騙されている男がそこにいるだろう」
品川がこれ見よがしに視線を伊藤に向けたので、
「いうね、弥二。僕がなに? 女に騙されているって」
「女に騙され、そのうち立ち行かなくなるさまを今か今かと待っているよ、伊藤」
「浮気をするのも奥方に報告するほどの恐妻家の弥二がいってくれる」
「女は毅然と怜悧であればいい」
「………弥二。おまえって……女と遊んだことないんじゃないの」
伊藤がこれぞ「驚愕」を顔に浮かばして、まじまじと品川を見据えた。
品川弥二郎の妻は山県有朋の姪の静子である。
品川が一目惚れし求婚に求婚を重ね、終いには「叔父上が承諾したならば……」と静子は答えたという。
静子としては寡黙にしてさして喜怒哀楽を面に出さない山県のような男が好みであり、大の叔父っ子のため山県の敵にはならない男を婿にしたいという思いがあったようだ。
「女に怜悧って……弥二の好みは変わっているな」
つい品川のわき腹を肘でつつきながら、井上がニタリ。
「家内は怜悧で端正だ」
「そりゃあ……ねぇ。あの山県の姪だからね」
「怜悧だろうが愛想だろうがどうでもいい」
鳥尾がまた銃刀をかざした。
「愛想ね……怜悧? それはいいですけど、皆さんはどうやって遊ぶのですか」
三浦がどうやら遊びに興味を持ちはじめ、ワクワクとした顔で尋ねてくるので、鳥尾はさらに眉間を吊り上げ銃刀に手をかざす。
「小弥。そう銃刀をかざすな。だぁれも梧楼になぁんか遊びは教えん。一夜女郎を相手にしても顔も名前も忘れるわ、きっと数人相手にしたらボケているからな。取り違える」
その井上の言葉に「もっともだ」と伊藤と山田が頷いたので、三浦はカッとなり懐より短銃を取り出し空弾を打ち出した。
「ご、梧楼。やめんか」
「聞多が悪いんだからね。梧楼を煽るようなことをいうから」
「なんだと、俊輔。お前だって頷いただろうが」
「僕は面と梧楼に向かって老人のようにボケまくっているなんて言ってないし」
「……それ、さらに火に油注いでいるよ、伊藤さん。梧楼ちゃん。伊藤さんがおまえはボケまくっているってさ」
ニタリと笑った山田が大声で叫ぶと、次は茶が入った湯飲み茶碗がそのまま飛んできて、
「熱い……あつっ……。おい、俺様に火傷をさせる気か」
「どうせ、顔とか傷だらけだし。今更火傷の一つや二つ」
「俊輔」
井上は伊藤の襟元を掴み上げる。
「男前になるって言おうと思っただけだよ。苦しい……聞多」
「あぁぁぁあ。お神酒徳利が喧嘩しているよ」
三浦は狂ったように手当たり次第物を投げるので、なんとか当たらぬように避けている山田に、
「小さくてよかったな、市。すばしっこく、小さいから物に当たりにくい」
「煩い、弥二。おまえはどうしてこう……」
なんとか鳥尾が三浦を止めようとしているが、伊藤や井上を見ていると物に当たり頭でも打った方がまともな人間になるのではないか、と本気で止めようとはしていない。
そんなときでも山尾は金魚をにたぁと見ており、
山県は、木戸に物が当たっては大変だと机の下に避難させている。
そしてもはや何が原因か分からぬ過去の恨みつらみを持ち出した大騒ぎとなり、空弾に驚いて駆けつけた廟堂の警護兵は部屋の惨状に唖然となる。
大久保も何事か、と手前で偶然行きあった大隈重信と木戸の仕事部屋に顔を出したときには、取っ組み合いの喧嘩になっており、木戸は机の下からヒョイと顔を出し「仕方ないね」といったなれた顔をして微笑んでいる。
「まるで異国で聞く動物園のようだ」
大久保の一言を耳ざとく聞いた肥前の大隈は「動物園?」と聞きなおす。
「兎もいればくまも狐もネコなどもいる。アレは噂のペンギンか。動物の住処を人が見学するという動物園だが、大隈君。私は時折この惨状を見るたびに、廟堂にも動物園があると思う」
いい得て妙だが、大隈はとりあえず「はははは」と笑った。
廟堂の動物園こと長州閥の入り組んだ喧嘩は、最期は山県が短銃を上に向け引き金を引くことにより全員がハッとする。
頃合を見計らって山県は実弾を撃つから、実に怖い。
そして木戸は駆けつけた人間たちに「お騒がせしました」とさして悪びれることなく頭を下げた。
これが長州にとっては日常なのだ、と大久保はさらなる違和感をもって木戸を見据える。
「長州の人間は貴公がまとめていただかねば……」
「木戸さんを悪く言うな」
山田が目を凄めて大久保をにらみつけた。
「そうです。木戸さんは何も悪くないのです」
空弾を立て続けに放ち続けた男とは思えない神妙さで、三浦が続く。
「木戸参議はただ見ておられるだけだ」
鳥尾も続き、
「そうですよ、大久保さん。これは僕たちの英国風に言えばコミュニケーションなんだから、放っておいてください」
伊藤は口元より血を流している。見れば井上も同様で、殴り合いにまで及んだようだ。
「なぁにぃ、やっていたんですかぁ」
一人金魚を見て喜んでいた山尾を、「おまえは黙っとれ」と井上がポカンと叩く。
「そうだ。貴様らが騒ぐゆえに木戸さんに迷惑をかける」
山県は壁に寄りかかったまま、一言低い声を投げると、これがまたしても引き金になり、
「元はといえば市と梧楼の他愛もない話が原因だね。小さいとボケと」
「弥二ぃ。おまえがそうやって僕に嫌味をいったからだ」
「そうです。それに私はボケてなどおりません」
「いや、梧楼ちゃん」
品川を睨みながら山田は三浦の肩をトントンとたたき、
「君はボケている。絶対にボケている。だってさ。昨日の夕飯なにを食べたかいえるの」
エッ……となった三浦は必死に昨日の夕飯を思い出し始め、
「市や梧楼、品川さんの責任ではない。女性狂いの貴方がたのせいではないか」
鳥尾は銃刀を差し出し、その鞘を伊藤の背中に突きつける。
「言いがかりも甚だしいな。僕はたんに女性への自分なりの価値観というものを」
「そうだ。女性というのはな、小弥太。堅物のおまえには分からんかもしれんが」
「黙れ」
鳥尾の一喝が響き、大久保は眉間に左手をあて、身を翻す。
「……動物園だ」
最期に大久保はまたしても小さく呟いた。
予定されている使節団の欧米列強への派遣にて、立ち寄る先に話しに聞く墺太利の女帝マリアテレジアが設立した宮殿の敷地内にある国営の動物園をぜひとも入れたいものだ、とこの時強く思った。
副使となり、動物園の視察をしたい。
長州閥のまた始まった騒ぎを片目で見ながら、動物園とはこれほどに楽しいものなのか、と心をワクワクさせる。
余談だがこの後、薩摩閥は長州閥のことを「廟堂の動物園」と言うようになったとかならないとか。
大喧嘩
大喧嘩