箱根にて

前篇

「倒幕もなりました。私の多くの同志から託された願いもこれで終わりと存じます。……私はこれから先の国を築くには知識は乏しい。 向かないと存じています。それは知識豊かな、先を夢見る人間がなせばいい。私は……私の役目はここで終わりにございます。新政府の役をすべて辞し、萩に戻り……殿のお話し相手として私を置いてくださいませんか」
 明治と年号が改元されてまもなくの頃。
 新政府の参与に名を連ね、長州の首魁として当然長州閥を率いていかねばならない人間が、早々に身を引くことを表明したのだった。
 誰もが「はい?」と頭を抱え、次に出た言葉は「貴方もですか、木戸さん」というものだった。
 すでに薩摩閥の頂たる西郷吉之助も参与から身を引いて鹿児島に戻っている。西郷の場合は、この国で最強と言わしめた軍隊を鹿児島に「五稜郭征討」のために連れに帰ったという話もあり、近いうちに西郷自らが「箱館新政府」討伐を為すなどという噂も出ている。 これは長州閥の軍事参謀たる大村益次郎が強行に反対し、「薩摩は黒田、長州は山田に任せよ」と言い切っている。
 その西郷の場合は裏事情とはいえ鹿児島に戻った理由も暗黙の了解とされているが、一方の長州閥の長の理由は何一つ裏事情がない。
 強いて言えば新政府の様相に西郷も同様だが「理想の崩壊」を見て、これ以上政府にいても自らの「理想」が崩れていくのを見るだけだと早々に諦めの境地に至ったこと。 または……多くの同志の死がこの優しすぎる青年の胸には受け止めきれず、現実を見るよりも過去に思いを馳せることが多くなってしまったことだろうか。このごろは木戸はいっそう儚くなってきている。
 だが「萩隠遁」願いは、おおまかな人間は冗談だろう、と流した。
 薩摩には長が二人いる。西郷が一筋縄ではいかない国元を治め、もう一方の策謀にかけては幕末のおり表沙汰にはできないありとあらゆることをした 大久保利通が新政府の薩摩閥を統治すればいい。だが長州には……木戸に匹敵するものは一人もいないのだ。ゆえに木戸を「長州の首魁」と人は呼ぶ。
 木戸と肩を並べる人間として広沢真臣がいる。彼に対する長州以外の評価は非常に高いのだが、長州の若手には彼についていこうとするものはほとんどない。
 広沢は幕末のおりより陰ながら急進派を支えた男だが、もともと官僚系統の男である。実務には非常に優れ対人的にも温厚だが、自らの下の同僚のものには時折不遜なところが見える。それを知っているだけに、個性派揃いの長州勢は「首魁」として彼を決して認めない。 まして「志士」として駈けたわけではなく、ほとんどが官僚的実務をこなしていただけの男ではないか、とのことだ。
 長州はもし木戸が退き広沢が表に出るようなことがあれば、新政府で大久保にいいように使われ薩摩主導の「傀儡政権」に打って出られる、と警戒する。
 それを薩摩は企んでいると考えていたが、
(冗談ではない)
 と、叫びたいのはむしろ大久保利通である。
 ようやく倒幕はなり、この後「薩長」を中心とした政府を敷こうとしている最中に、一方の長に「引退宣言」をされたのだ。
 確かに広沢や前原では自らが体よく薩摩中心の「傀儡政権」に打って出られる。だが、政府の内部で誰があの個性派であくが強い長州閥をまとめていくのだ。広沢では誰も就いていかないなど目に見えて知れよう。あの長州を抑えられないならば、傀儡政権に打って出てもなんの意味があろう。
 なにが何でも木戸には新政府で設けられる「参議」として、長州を率いてもらわねばならない。
 誰もが冗談だろう、と流している木戸の引退宣言を、大久保は至極まじめに受け取った。
 理由はただひとつだ。
(あの男ならば実にやりかねん)
 大久保の危惧は実に早々に現実となったのである。
 一時萩に戻った木戸は、藩主毛利敬親の前で堂々と「引退宣言」に打って出たというのだ。
 木戸の萩への隠遁宣言を受けて、慈悲深さで知られる長州藩主毛利敬親は……軽く笑ったという。
『桂らしからぬ冗談よ』
 冗談ではなく本気と迫る木戸に、人生経験では長い藩主はそのまま微笑みながら続ける。
『疲れであろう、桂。箱根でも行きゆっくりと静養いたせ。そちの静養する場所はこの長州であってはならぬよ』
 言外に隠遁は許しはしない、と告げられた木戸は、それでも「萩での隠遁」をまったく諦めていなかったらしい。
 箱館「五稜郭」の陥落とともに太政官が新たな二官八省とともに設立されたが、そこに木戸は名を連ねるのを拒み、静養を理由に箱根にこもってしまったのである。
「あの人はなにを考えているのか」
 すると長州閥では木戸の直属の部下として知られる伊藤博文は、こうため息がちに言った。
「普通の状態ならば、僕たちがどんな手段を使ってでも木戸さんを引き止めましたよ。けれど、胸を少しばかり病んでいて……。医者の大村さんからして療養が必要だと診断を下しました。胸ですよ……胸。血を吐く一歩手前なんていわれたら、どこか空気がよいところで安静にさせるしかないじゃないですか。 長州は……いろいろと騒がしいことになっているし、戻したら二度と帰ってきませんよ。だから箱根にしてもらったんです。新政府なんかよりも僕たちは木戸さんの命の方がずっ~と大事ですからね」
 練兵館塾頭にまで立った一流の剣士として木戸は名を馳せている。
 その男が実は体がさして丈夫ではなく、長州閥が「風邪」ひとつで大騒ぎするほどの状態であることをつい先日知った大久保だった。
 そして「病」であっても平気な顔をして無茶をするために、長州の後輩は「過保護」と言われるほどの面倒を木戸にしてしまうらしい。
 過保護の代表格は当の伊藤である。
「ならいつになったら……連れ戻してくれるのかね」
 その質問には伊藤は腕を組み、そして人懐こいニコリとした笑いを見せ、
「今年も末にでもなったら連れ戻しにいきますよ。戻ってこない……雲隠れは困りますし……そうしないと新政府が限界でしょう? 僕たちまったく広沢さんに従うつもりないですからね」
 今年は長州閥はこのままなのか、と大久保は頭を抱える。
 実に実務に関しては有能すぎる長州閥だが、その命令系統は薩摩と違って「上下の規律」が定まっていないのだ。上に立つものであろうと、 「長」と認められる相手でなければそっぽを向く。彼らがただ一人「長州の首魁」と認めたのは長州藩用談役の木戸孝允でしかないのだ。
「長州の藩公が自らの手元に置きたいなどと仰らなくて安堵した」
 現に大久保は国父島津久光に「そろそろオイの傍に戻るか」などと尋ねられている。
「殿は……木戸さんがとても可愛いんですよ。それに誰よりも楽しみにしていますからね。……けど殿は、いつになったら将軍になれるのか、と本気で尋ねられて木戸さんは説明するのに頭を抱えた、というのは本当なんですよ。 殿は木戸さんが可愛くてならないようですけど、同じくらい木戸さんを困らせるから……殿の傍には置いて置けませんね」
「伊藤君は……木戸さんをどうしたいんだ」
「決まっているじゃないですか」
 伊藤はふふふっと薄気味悪い笑みを表に出し……しばらくの間の沈黙の後、
「とりあえずは長州の首魁として表に立っていただかねばね」
 それ以上の考えは、この伊藤という表向きは人懐こいが、裏はそれなりになりたての策士だろう男には、今は明かせないことのようだ。
 たかが知れるが、と大久保は冷徹な表情には見せないが、警戒も気にも留めはしない。
 まだまだ伊藤の地位では、表でも裏でも暗躍はできなかろう。なによりも参議の大久保に真っ向から立ち向かえ意見を言えるなど、今の時点ではただ二人しかいない。西郷吉之助と木戸孝允というともに維新三傑に数えられるこの二人だけだった。


 妻松子と箱根に療養に訪れた木戸孝允は、「箱根」が多いに気に入っている。
「ほんに貴方様は温泉がお好きですこと」
 このごろ沈む傾向が多く、若干鬱になりかけていたので、温泉に入り少しばかり微笑んでくれることが松子をホッとさせた。
「あぁ……箱根はいいね。景色もすばらしいし、温泉もいい」
「いっそ住み着きますか」
 冗談っぽく松子は笑って見せたのだが、木戸は至極まじめに考え始めてしまったからハッとした。
「あなた?」
「いや……どうも萩には戻れないのなら……いっそ箱根に一軒家を借りて松子と二人住まうのも悪くないね、と思って。ここは静かだし、 それにこれから長いかは知れないけど二人で過ごしていけるだけの蓄えはあるしね」
「あら……それは嬉しいこと。貴方はお子様とかがお好きですから塾でも開いたらいかが」
「あぁいいね……それは。うん、いい」
 半ば冗談のつもりだったというのに、当の木戸は至極本気で考え始めたようだ。
(困ったお人)
 そのようなこと、この松子が承諾したとしても他のお仲間たちが決して許しはしないでしょうに。
 現に箱根に赴くことが決定した際に、伊藤博文に一月に一度は便りを送るように木戸は言いつけられた。
『木戸さんの状態がどんな容態なのか僕は把握しておかないとならない立場なんです。それから、箱根からどこか勝手に消えるのは絶対にダメです。下の駐在所に手を回してきつ~く言いつけておきますからね』
 当の昔から松子は諦めている。
 妻となったものの、木戸孝允は決して松子だけの「夫君」になりはしない。
 木戸は長州のもの。強いてはこの国のもの。誰一人として独占することは許されないのだ。
(けれど……)
 もう二度とは訪れない平穏に二人で過ごすときが、一時でも長く続くように願ってしまう。
 今だけ「松子の夫」だけで木戸にはいてほしい。
「でも、あなた。そんなに何時間も湯につかっていましたら前のようにのぼせますよ。ほどほどにしてくださいませ」
「わかっているよ。明日は近くに絵でも描きに行こう。その次はなにか書物を取り寄せて……今から勉学するのも悪くないね」
「勉学をしてなにに役に立てますの」
「なにって?」
 木戸はそこでふわりとして微笑みを見せたので、一瞬松子はついつい見惚れてしまった。
「もちろん塾を開くためだよ。私の知識ではまだまだ人に教えられはしないだろうからね」
 その知識を国家の中心に立つために役立てようとは決して考えはしない。木戸の頭には「隠遁」して後の構想ばかりだ。
(伊藤さま方はほんに苦労しますわね。この人は……国の政治家になるつもりなどないのですもの)
 そればかりか自分の役割は終わった、と自分の中ですべてを完結させようとしている。実は心底の中で密かに「新政府」を気にしているということを松子はちゃんとわかってはいるが。
 どんなに逃れようと思おうと、木戸は天性の政治家であり、後輩思いの優しく面倒見のいい「長州の首魁」である。
 後輩が頭を抱えているときに、自分ひとりが「隠遁」を決め込んで心穏やかに過ごせる人ではない。
 そういうところに松子は惚れたのである。
(今年いっぱい……もう少し早まりますわね。それに貴方は……颯爽と政を抱えて走り回っている姿の方が輝いていますわ)
「明日は松子もいっしょにいこうか。そうだ……絶景の中に佇む松子を描こう」
「……恥ずかしいです」
「今まで苦労ばかりをさせ、まったく一緒にいてあげれなかったから……これからはできるだけ君と一緒にいたいと思っている」
「……あなた」
 箱根に木戸孝允、松子の夫婦が逗留して以来、周辺付近ではこの美男、美女の夫婦のことが密かな話題になっている。
『あの絵草子から抜け出たように美しい男女は……いったい誰なんだい』
 ヒソヒソと囁かれる噂。外に出ると木戸も松子も住民や湯治客などに微笑みを見せるので、この二人を見たさに時折見物客は軒を連ねる。
『きっとどこかお偉い身分の人たちだね。気品といい、あの優雅さといい只者ではない』
 だが誰も木戸孝允、松子という名は知らない。
 もしもこれが桂小五郎、幾松となると話は違ってくるだろう。ついでに刺客防止のために木戸は決して「桂小五郎」と名乗らないように井上よりきつく言われていたりした。
 まだまだ木戸孝允という名は……さしてどころか全く知られてはいない。


 そして箱根滞在が一月ほど過ぎたころ。
 木戸はいつものように毎日五度ほど湯を楽しみ、絵を描いたり詩を詠んだりと趣味に浸っている日々を続けている。
 おかしな咳もこのごろは極度に減った。
『空気がよいところで好きなことをさせ安静にさせるように。少しばかり働きすぎた結果といえる。今の状態は』
 医者嫌いの木戸を時折診察する兵部大輔の大村益次郎は、松子に「静養」の過ごし方というものを書面に記して渡してくれた。
 なによりも「安静」といわれ、このままだと「労咳」は決定だ、と容赦のない診察を受けたときには頭が真っ青になったものだ。
『血を吐かないのがおかしい』
 とまで言われたのである。あの無表情でなにひとつ言葉を誇張せずに言う大村ゆえにさらに追い詰められ、
『療養をさせます。この松子が必ずや』
 その場でかたく約束をしてしまったのだった。
 湯治がいい、と勧めてくれたのも大村だった。木戸と大村はどうして馬が合うのか知れぬが、あの二人は二人で話しているときは、誰も中に入れない雰囲気を醸し出す。「信頼した友」とはあの二人を指すのかもしれない。
(友でもいろいろな友がおりますものね)
 かの木戸にいちばんに引っ付いていた高杉晋作など……相棒と称されるが、どちらかというと家族同然の弟のような感じだった。
 もしかすると木戸がいちばんに信頼を寄せた友は大村かもしれない。そういえば、随分と高杉は木戸が大村と話していると、横槍をいれた。奪い取るように腕に抱きついたりして……木戸は困った顔をしながらも高杉の頭を撫ぜたり……。
 その高杉晋作の死が木戸を打ちのめしたのは言うまでもない。
 時折夢に見るのか。泣きながら「晋作」と木戸は呼ぶ。
 手を宙に伸ばし、それはまるで「連れて行って」と伸ばしているようで松子は泣きたくなる。
 弟のように可愛がり面倒を見させられていた人が、一時にほとんどが消えた。兄のように慕った人、ともに夢を語った人……木戸は人の死にひどく脆い。屍を乗り越えて歩む、という気概は一握も見られないそんな人だ。
 現や未来に思いを馳せるよりも、過去に弔いの花を手向ける。
 今の現実よりも過去の方が木戸にとっては大切で、大事な人間たちと共有した宝物の如し時だったのかもしれない。
『高杉さんたちに僕は適わないけど……みんなで必死に木戸さんを支え守りますから。お願いですから……現を見てください』
 そんな伊藤の嘆願も……松子にはただ哀しく響くだけだった。
 そっとしておいてほしい、というのが妻の心情。
 そして……自分でも過去の人間には適わない、ということが胸に痛みを走らせ続ける。
(せめて高杉さまがおられたら……)
 この人の焦燥も消し飛ばして振り回してくださいますでしょうに。
(約束を破られた……それだけで万死に値しますよ)
『なぁ桂さん。すべてが終わったらなぁ。新しい政府っていうのは他の奴らに任せて、俺たちは自由っていう身になってよ、いろんなところ行こうぜ。俺たちの役割は政府をつくるまででいいじゃねぇか。まぁ桂さんは政治家もあうけど、政治家なんちゅうつまらんことはせんで、今まで世に振り回されたんだからその分遊ぼうぜ』
 そう木戸にすべてが終わった後の楽しみを勝手に突きつけ、すべて終わらせる前に散ってしまった人に、松子は時折心の中で文句を言い続ける。
「どうしたんたい、松子。先ほどから手が止まっているよ」
 あら? と松子は自らが花を生けていたことを思い出す。花鋏を握り締めたまま……考えに沈んでしまったようだ。
 いつのまにか浴衣姿の木戸が傍らにあるのも気付かなかった。
「湯は如何でした?」
「よかったよ。熱すぎずぬるすぎず。松子も入ってきたらどうだい」
「松子は夜だけで十分にございます。あら……お珍しい。頬が火照って」
 頬に赤味が差すなど見たことがなかった。いつも青白い顔で不健康そうで……なによりも儚さばかりが目に付く人になっていた。
 微笑みながら松子は花を生ける。
 それを傍らで木戸は見ながら、何か書物を読み始めたときだった。
「木戸さまに書状が届きました」
 女将自ら書状を何通か部屋に持ってきてくれた。
 木戸も松子も「ありがとうございます」と微笑むと、女将は顔を真赤にして部屋から出て行ってしまう。
 おそらく木戸のきれいさに頬を染めているのだ、と松子は思っていたりするが、実は美男美女二人そろって微笑まれ、目の保養の許容範囲を超えてしまっているのだった。
「俊輔やら聞多は……ほんとうに筆まめというか。おや梧郎からも……」
 箱根に逗留して以来、三日をおかず木戸のもとには書状が届けられている。
 伊藤博文は見事といえるほど五日に一度、現状報告と木戸の体調を気遣う文面を書き連ねて何枚も送ってくる。井上はたいていは「早く帰って来いよ」と殴り書き。または金銭問題。最期に「体を気をつけろよ」と書いてあるところが井上らしい。三浦梧郎は伊藤が記さない長州閥の様子。特に陸軍の状況などを記してくる。
 木戸は伊藤の書状から読むのは、おそらく現状をいちばんに把握したいと望むからだろう。
 いつも独り言を多少口にしながら紅茶を飲みつつ書状を読む木戸が、その日に限ってはぴくりとも動かず、読み進むにつれ呼吸を乱し始めた。
「あなた!」
 その場にバタンと倒れた木戸を腕に抱きしめ、松子はその頬を軽くたたくと……。
「なぜ……なぜ蔵六さんが……」
 松子は慌てて書状に目を通し、そこにある「大村益次郎暗殺される。が一命は取り留めた模様」の一文に胸が飛び跳ね、一命は取り留めた、という一言にホッと一息をはく。
「だいじょうぶですよ、大村さんは。あなた……あなた」
 今の木戸の精神の脆さならば、大村にもしも万が一のことがあれば堪えていけるのだろうか。
 皹が入っている心は、そのまま何事もなく過ごしていけるだろうか。
 松子の全身に恐怖が走った。
 今、木戸が最も頼りにしているのは大村だ。その大村までいなくなったらなにを心の支えにできようか。
 なにを思って歩いていくのだろうか。
「あなた」
 気丈であらねばならないときに、松子は知らず知らずに涙をこぼしてしまう。
(もう誰もこの人を置いていかないでくださいませ)
 もう精神は狂気の淵に追い込まれる一歩手前で、それでも必死に立っている状態です。
 どれだけ気にしないでいるつもりでも国の行く末や後輩たちのことを思って、理想が崩壊した現状の政府を見守っています。
 いずれ政治家たる自らより逃れられなくなり、やはり表に立つこともありましょう。
 けれど……どれだけ政治的に苦しもうとも……この人を打ちのめすのは「人の死」であり続けます。
(もう傷つかないで……苦しまないで)
 松子は持てる力を精一杯こめ、この現に木戸を繋ぎとめるために抱きしめる。流れ続ける涙は木戸の頬にと落ち、スッと流れていった。


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箱根にて-1

箱根にて 前篇

  • 【初出】 2006年ごろ
  • 【修正版】 2012年12月15日(土)
  • 【備考】