井上と伊藤―憲法の章―

1章

「おい、俊輔」
 廟堂のある廊下の片隅で、大勢の護衛や部下に囲まれている伊藤博文に、声をかけた。
 長年の「友」という気安さで、どこに居ようとも井上馨は、伊藤を旧名の「俊輔」と呼ぶ。それが一番に慣れている名であり、今更変更する気は毛頭ない。
 それに対し、ふと立ち止った伊藤は、わずかに苦笑を口元に刻んだ。
 あぁ、すぐにわかる。不機嫌なときに必ず浮かばす顔だ。
「どうしたのかな、井上前外相」
 そういって公の場での顔をするこの親友に、井上は時にして「やってられん」という思いになる。
 自他ともに認められる「憲法の番人」の枢密院議長に任じられ、我が国初の欽定憲法草案作成にかかったこの伊藤は、昨今その並び立つものがない権力という麻薬に酔いしれている。
(まぁそんな風に評するのは、俺と山県くらいか)
 誰が見ても今の伊藤は憲法作成に躍起になっている。数年前に西欧に憲法調査を兼ねて洋行した折より、情熱がほとばしるようになった。
 それを証明するかのように、常に周りには憲法草案を補佐する金子堅太郎や伊東巳代治、井上穀などがそろっている。
「いや、なんでもない」
 伊藤は視線をそらし、そのまま歩き去っていった。
 同郷の長州以来の仲間である山田顕義司法相が、この頃の伊藤は近づきにくい、と顔をしかめていたことが頭によぎる。
 偶然に顔を合わせたから、単に「今日は飲むか」と誘うつもりだったというのに、それさえも口にできない「公」が周囲を包み込んでいた。
 昔はこうではなかった。
 いつのころからだろうか。互いに仕事上の地位が肩に重く乗しかかり、身動きができないほどに雁字搦めとなったのは。
 そう思うのは自分だけの錯覚だろうか。馬鹿馬鹿しいこと、と先の首相はにんまりと笑うだろうか。
「どうされた、井上さん」
 今日は珍しく黒の背広を着用している内務大臣山県有朋が、背後より声をかけてきた。
「なぁに単に俊輔の鼻っ柱を折ってやりたくなっただけさ」
「……伊藤か。この頃は姿も見かけない。おかげで平穏無事な日日が続いている」
 そこで山県は内ポケットよりタバコを取り出し、井上に箱ごと差し出してくる。昔から律儀なことだ。
 いつも顔を合わせると、最初にタバコを勧めてくる。遠き昔に、まだ金がないころ、山県にタバコをねだっていた時の名残といえる。
「おまえさんは、変わらんな」
 陸軍の法王と呼ばれる山県に対して、「変わらん」などと口にするのは自分だけかもしれないな。
 陸軍・内務省を中心とした官僚を束ね、一大派閥を築きつつある山県である。おそらく、いつの日かその「派閥」が伊藤包囲網となろう。
 タバコを一本箱より取り出すと、欠かさずライターの火を近づけてくる。この男にとっては、これが三歳年上の自分への敬意というものらしい。
 いつからか立場が逆転しているというに、山県は年の序列は気にする。ここが、時に小憎らしい陸軍の法王が、みょうに可愛く感じられるところでもある。
 山県は同郷の三歳年下の後輩である。長州藩士時代はかの奇兵隊の軍監として、政府では常に陸軍に身を置いていた。今では陸軍を纏め上げ、次々と官僚を自派に取り込んでいる。おそらく次期内閣総理大臣の座は、この山県に勅命が下るのではないか、と噂されてもいた。
 井上に言わせれば「どうでも良い」ところではある。
 かの鹿鳴館外交の失敗により政府を一時離れている井上は、今は政治よりも金と株、ついでに不動産の動きの方が大いに気になるところだ。
 先ほど首相黒田清隆に呼ばれ、黒田自身が兼任している農商務大臣を引き受けてくれないか、といわれたが、井上はその場で声をあげて笑ったものだ。
 ついに険悪の仲で知られるこの俺に頼むほどの人手不足か、と。
「今夜飲まんか、内相」
 軽く告げた言葉は、本当はもう背中すら見えないほどに遠くに行ってしまった親友に言う言葉だった。
 山県は軽く眉を動かしたが、自らもタバコを咥える。だが、火は一向につけはしない。
「鳥居坂の貴殿の邸宅は久方ぶりゆえにお邪魔しよう」
「おう。俊輔の悪口を言い合おうぜ」
「……一夜では言い足りんな」
 ようやくタバコに火をつけ、山県の視線は伊藤が歩いていった方向に向けられた。
 その無感動の黒の瞳に一瞬だけよぎるのは負の感情。
 目敏く見ていなければ、見逃しただろう。山県らしからぬ「剣」が多分に込められていた。
「伊藤はこの頃、おかしい。手加減を知らぬ」
「うん?」
「今夜、話す。だが井上さん。貴殿、こんなところで何をしている?」
 廟堂の廊下に、今は政府より離れている人間がなぜにいるのか。まぁ政府と距離を置こうと「長州閥」の一員である井上ゆえ追い出されることもないのだが。
「ああ? あの大キライな黒田に呼び出されてな。用事があるなら自分で鳥居坂に来いと言おうと思ったが、ちょいと八太郎に用事があってよ」
「貴殿が大隈に……。何の嫌がらせだ」
 八太郎とは、現外務大臣大隈重信の通称である。井上とは因縁浅はかならぬ相手の一人だ。
「たんにな。あまりにもな俺様を批判するからな。批判するなら新聞にじゃなくて直接俺様に言え、と言っておいた。早く……なんだっけ? あのベルというものを導入して欲しいものだ。顔を見ずとも声だけが聞こえる優れものらしいぞ」
 日本式電話は明治二十一年に東京、横浜で通話が開始する。現在、工部省電信局が懸命にその作業にあたっているところだ。
 それさえあれば、あの小憎らしい大隈重信に、わざわざ出向かずにたんと文句が言えるというものだが。
「貴殿もおかしな人だ」
「なんだ?」
「わざわざ自らを追い落とす原因となった大隈のところに行くなど」
「あぁ。今は敵かも知れんが、いつかは味方になるかもしれんだろう。昔昔は俺様と八太郎はそれは仲が良かった。ついでに言えば俊輔と八太郎とて仲が良かっただろう。それがあの政変で滅茶苦茶だ。だが政治の信条が壊した仲なら、いつかは戻るかもしれんぞ」
 井上と妻武子の仲人は、大隈重信夫妻という折り紙付きの仲だ。
「それで大隈は何とこたえていた」
「直に文句を言いたくとも、紐が切れた蛸のようで、ぬしはどこにいるかちっとも分からんのであるんである、と返しやがった」
「ほぉ」
 例えにどうやら山県は関心したらしい。ここが廟堂でなければ、この男としては珍しいことだが手を打ったかもしれん。
「ついでにこうだ。たまには邸宅に帰り武子さんを大切にしろ。忘れてはいないな。もしも武子さんを不幸にしたならば……思い出すと腹が立つぞ」
「証文第一か条でも持ち出されたのか。あの中井弘との」
「その名は俺の前では禁句だ」
 井上が妻武子と結婚する際には、それこそ「すったもんだ」の大騒ぎがあった。
 というのも武子は、薩摩藩士で奇人変人という名を欲しいままにしていた中井弘という男の妻であったのである。
 だが妻というのも名ばかりで、まだ正式に籍も入れてはいない。突如、中井は薩摩に戻らねばならなくなり、築地の大隈邸に武子を預けていったといういきさつだ。
 井上はというとその大隈邸に、我が物顔で居候していた。
 そしておあつらえ向きに、仮人妻である武子に一目ぼれをし、大隈夫妻の目を掻い潜って男女の仲に発展したといういきさつがある。
 大隈も大隈で、「好きあったなら仕方ない」と腹をくくり、井上と武子の華燭の典を自分がとり行う、と決めた。
 そして婚礼のその日、ひょっこり中井が帰って来たから大騒ぎだ。
 されど中井。やはり奇人であった。
『好きあったんなら仕方ないですね』
 などといい、二人の婚儀を認め、井上に「武子を不幸にしないように」と何か条に及ぶ証文を書かせた。その証文の証人にさせられたのが、華燭の典に呼ばれていた山県と伊藤である。
 最後の一文に、もし武子を不幸にしたならば、いつでも取り戻しにいく、とあった。
「数日前にその男を見たが、まさかまた貴殿の邸宅に居座っているのではないだろうな」
 その「まさか」である。
 中井は現滋賀県知事である。だが、なぜか東京に出張で来るたびに、用意されている旅館ではなく井上邸に顔を出し、しばらく居つく。
 そればかりか、妻武子を口説き、二人顔を合わせて微笑みあう姿など、山田顕義曰く「あちらの方が仲の良い夫婦だよ、井上さん」と評されるほどで、井上の頭痛の種といえた。
「中井と飲むのは遠慮したい」
 山県もあの何を考えているか知れぬ男が苦手のようだ。
「俺様が中井と酒を酌み交わすなどあるはずがないだろうが」
 我が物顔で居間に陣取り、武子と楽しげに話が弾んでいる姿を見るたびに腹が立つ。しかも邸宅の主人の井上の方が、なぜか居間よりいそいそと逃げるように部屋に戻り、自室でちびちびと酒を飲む羽目に陥っているのだ。
 憂さ晴らしに妾のところにでも、と考えるたびにその考えは強引に消してきた。
 決まっていよう。自分が家を出たならば最後。あの中井がどんな顔で武子に迫り、そのまま何か大事がおきたならば取り返しがつかないではないか。なにせ武子からして「子供ができましたら、いっそ拳遊び(じゃんけんのようなもの)できめなされ」と平然と言ってのける女である。
 しかも中井には少しばかり借りがあるため、追い出すことも出来ない、という現在井上はひどく葛藤中であった。
「井上さん。あの鹿鳴館の落成の際、貴殿、酔っ払って中井と飲んでいたではないか」
「……思い出させるな。アレは一生の不覚だ」
 かの大隈重信に散々に糾弾され、ついには外相を辞任したが、外相時代に彼が押し進めた政策を主に鹿鳴館外交という。
 いまだ封建制度の習慣が根強く残るこの明治。
 異国人は東京や横浜を歩くたびに、その悪習に目を点にし、怯える。「野蛮人」と日本人を鼻で笑った。
 彼らは自らと同等の習慣が備わっているものにしか興味を持たない。
 ゆえに井上は鹿鳴館という当時西欧諸国の迎賓館の中でも、見劣りがしない洋館を日本に建設し、西洋と同等の食事、洋服、そして円舞を華族に徹底した。
 日本の文明開化を印象付けさせ、現在急務である「不平等条約」改正への布石を打つためでもある。
 その鹿鳴館。
 落成の日。この日本の中に西洋を思わせる「洋館」が悠然とそびえ立ったことに満足した井上は大酒を飲んだ。
 しかも「鹿鳴館」という名は、中国の漢詩より「来客をもてなす」という意味で中井が名づけてくれたのだ。
 落成日は井上の誕生日であり、つい舞い上がったのか。中井と一緒にシャンパンを飲んで騒いだのは、一生一大の汚点といえた。
 タバコが短くなり、つい床に落としてしまった。赤絨毯がジューと焼け、わずかに匂う。気にすることはない。いつものことだ。足ですりつぶし、はぁーと大きなため息をついた。
「それじゃあな、山県。ここにいると色々と嫌なことがおきそうだ」
「井上さん。たまには山田を連れて行こうと思うが、どうか」
「市? 珍しいな。おまえさんが市を誘うなど」
「毎日毎日、嫌味と泣き言を叫ぶがために、内相室のソファーを独占し、涎をたらしている。気分転換が必要だ」
「……おぉぉぉ……そうか」
 山田顕義。現司法大臣のことである。彼は維新前までは通称市之允で通していた。
「別段、昔からのことゆえ良いのだが、この頃、体調もさして良くはなくみえる。少し精神的にも……おかしい」
「分かった。市もつれて来い。俺もたまには義息子に肩を叩いてもらおうじゃないか」
 じゃあな、と片手をあげ、井上は前方に進む。出入り口には相変わらず夥しい数の警備兵が立っていた。
 そういえば「内務大臣」という副首相格でありつつも、山県は未だに護衛を一切つけようとはしない。
 槍の免許皆伝の腕を未だに自負しているのか、それとも襲撃されればそれまで、と割り切っているのか。
「おい、山県。おまえも、そろそろ護衛くらいつけろよ」
 と、振り向かずに言葉をなげれば、
「その言葉、そのまま貴殿に返そう」
 感情など何一つない声音が背中に突き刺さる。
 変わらん、と胸の中で呟きつつ、足を進めていた。
 変わらんことが難しいこの時世。変わらねばならないことばかりの中で、「変わらん」ことの大事さ。
 言葉には出さないが、未だに「変わらん」山県が、井上には嬉しかった。


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井上と伊藤―憲法の章― -1

井上と伊藤―憲法の章― 1

  • 【初出】 2010年1月30日
  • 【修正版】 2012年12月15日(土)
  • 【備考】