長州四天王




 それはいつも通りの一日。
 暦ではもう数日で春とは言え、この帝都にはちらほらと雪が降る。
 日の出と共に目覚め、井戸より水を汲み、それで顔を洗う。
 早朝の外気はとかく冷たい。
 ようやく頭が覚醒してくるこの時に、槍を持ち、若き頃より変わらぬ鍛錬を半時ほど続けるのが日課であった。
 周囲はまだ薄暗いが、東に太陽の姿が見て取れる。この一瞬の澄んだ清涼感を山県は好み、いつも通りに掛け声と共に槍をふるおうと構えて、繰り出す。
「ガタ……山県」
 本日に限り、邪魔としか思えぬ男の声が門前より響き渡った。
 しかも未だ夢の中にいる人間が大多数と思われる中で、この大音声と門を叩く音。騒音著しい。槍をふるう手を休め、そのまま山県は門前に足を進めた。
 すぐに下男が応対に出たようだが、下男でどうこうできる相手ではない。
「朝から騒々しい」
 出来うる限り声を潜めたのは、館の中では多くの使用人も山県自身の家族も未だ眠っていることを承知しているからだ。
 数千坪はあろうこの邸宅では、どれほどに雄たけびをあげようとも近所迷惑ということはまずはないが、山県に言わせれば己が精神的迷惑なのだ。一刻も早く追い出したい。
「大変なんだよ、ガタ。一緒に来てよ」
 そこには駐清公使に任命されながらも、思いっきりその任命にそっぽを向き、現在は司法大輔の立場にある山田顕義の姿があった。
「未だ六つ時(朝六時)だ。早朝より……何ようだ」
「だから大変なんだって。とりあえず極秘裏におまえを呼んで来いって……」
 早く早く、と手招きする山田の五尺に満たない背丈を見ながら、この手の「手招き」でろくなことがあった試しがないことをよくよく思い返し、ようやく陽が昇りつつある東の空を見、太陽に思わず「厄除け」になるよう拝みたい気分にすらなる。
「その遠い目はなんだ、ガタ」
 この山田の頬を膨らませて怒る姿を見て「むぞかぁ(可愛い)」と悦に入るなど、あの薩摩の黒田くらいだろう。
 七歳年下の郷里の後輩とは、それはそれは腐れ縁も因縁も恨みも憎悪も、ついでに縁切りをしたいと切実に望む思いすらある。できるのならば、今この場で蹴飛ばして追い払いたいのだが、そうしたならば後々に必ず「報復」が訪れる。長い付き合いだ。その報復の陰湿さは骨身にしみるほど承知していた。
「……誰がなにをやったのだ」
 門を開けてやり、早く、と促す山田をジロリと睨み据える。
 と、くるりと身をひるがえした山県は、その背で山田に着いてこいと促した。
 背後では何やらぶつくさと文句を言いながらも、山田がしぶしぶ着いてくる気配がある。
「着替えるまで待て。それくらいは良かろう」
「一刻を争うんだけど」
「なにをやったんだ」
 傍らに並んだ山田は小さな声で「お神酒徳利」と嫌々そうに呟く。
「……無視をしても良いか」
 そのお神酒徳利と称される二人とは、それこそこの山田に比類できぬほどに「縁切り」を切望している。
「僕だって、さ。身捨てたい。身捨てたいんだけどさ。僕もいっしょにやっちゃったんだよね。酒は恐ろしい」
 なにやらさらなる嫌なる予感に包まれた山県は、とりあえず居間に山田を残し、着替えのために部屋に戻った。
 今ごろ、山田の扱いには慣れた女中が、きちんと「温められた牛乳」を出しているだろう。それを見て、にんまりと笑う顔が目の前に浮かび、その三十を超えているとは思えぬ童顔の顔に嫌気がさす。本人には劣等感の象徴に等しい童顔だが、傍目から見る上では十二分に「愛らしく」映る。ゆえにその見かけだけで近寄る輩は、山田の一撃必殺の足蹴の餌食となり、その場に打ちひしがれるのを何度見ただろうか。見かけに寄らず凶暴。可愛いという言葉は、ある一人を除いては禁句。
 今となっては廟堂ではほとんどの人間が承知しているだろう「暗黙の了解」を、今もって認識していないのが開拓使次官の黒田清隆という男だ。
 仕事用の黒の背広を着込み、外套を羽織る。おそらく多額の金額を必要とするだろう、と財布の中見を確認したところで、何故に己があの「お神酒徳利」のために朝より動かねばならぬのか。腹の下あたりに言いようのない苛立ちを感じ、されど身支度を整え、下男に馬車の用意をするように伝える己は、いったい何を考えているのか、とため息すら漏れる。
 如何様に苛立とうとも、遠き昔より、決して見捨てられぬ何かが「お神酒徳利」にはあるのやも知れない。
 それは双方に言えることで、山県が苦衷に立った際、何やら文句や愚痴を山のように並べるが、あの二人も己を見捨てぬだろうことは分かっている。
「行くぞ」
 居間では予想通りゴクゴクと牛乳を飲んでいる山田の姿があった。
 五尺に見たぬ背丈を気にしすぎている山田は、洋行の際に西洋で仕入れた「牛乳を飲むと背が伸びる」という真実の如何は知れぬ話を本気にし、毎日高値の牛乳を湯水のごとく飲み続けている。
 五日に一度、山県の仕事場である陸軍省に「ガタ、背丈伸びたぞ」と胸を張って現れるが、どこがどう伸びたか真偽は不明だ。この山田をからかって遊ぶのを生きがいとしている品川弥二郎に言わせれば、 「横に伸びて、縦に縮んでいるのではないかい」とのことだが、山田の背丈の伸縮など、一握たりとも興味がないので放って置いている。
 もう一杯、牛乳を飲みたいらしい山田より「待てよ」という視線を送られてくる。これを無視すれば、また陰湿な報復が襲ってくるので、柱に寄りかかりながら、山県は待つ姿勢を取った。
 幸せそうな顔で牛乳を飲む姿は、さらに幼さを引き立てるのだが、余計なひと言は口にせず、吐息を小さくもらしながら、いつしか己自身が「長州閥」に染められてしまっていることに嫌気がさした。
 明治政府において「長閥」と言われる長州藩出身の人間は、「長州閥の首魁」と言われる木戸孝允を先頭に各省庁に散らばる官吏で構成されている。
 明治七年現在、首魁たる木戸が萩に下野している状況にあるが、国家の政治を担う参議の立場に、工部卿伊藤博文と共に陸軍卿たる山県も就任していた。
 国家は薩摩出身の内務卿大久保利通の独壇場に等しい状況と言えたが、おかしなことに「独裁」に揶揄されるその政治は、まったくもって前進せず、業を煮やした右大臣岩倉具視が、
「木戸を連れてまいれ」
 と大久保に怒鳴りつけたという話が耳に入っていた。
 征台に反対を示し、今年の五月に参議を辞任した木戸は、電光石火の早さで故郷たる萩に戻り、頑として「隠遁」を主張しているようだが、長州閥の首魁を政府が放っておくはずがない。今も水面下で大久保と伊藤が動いているらしいが、山県はこの件に関しては全面に出るつもりはさらさらなかった。
 人を周旋する能力は、伊藤に及ぶところではない。自らの能力に関して山県はよく承知している。人の間を取り持つにはあの陽気で軽い男が適度だ。粗忽な一面もあるが、それも御愛嬌となろう。
「よし、飲んだ。行く」
 ヒョイと立ちあがった山田が、ジロリとこちらを睨んでくる。
 木戸はこの山田を実弟のように可愛がり、山田の頭を「良い子」と撫ぜることがあった。
 木戸以外ならその腕に噛みつくだろう行為だが、自他ともに認められるほどの「木戸さん好き」の山田は、嬉しそうに木戸のその手を受け入れている。
 その山田にも何一つ告げずに帝都を立ったという木戸に、今もって胸の内の中がひとつ氷となったかのような感情を抱く山県だ。日々顔を出していた己にも帰郷を告げずに去ったそのことを許せなく思うのと同様、いったいあの人は己を何だと思っていたのか。そう疑問が浮かぶと同時に、あぁ己にとって木戸孝允という男は何者なのか、という疑問が体を包みこみ、それはひとつの不協和音を生み出す。
 だがその不協和音も胸の中の一点に堕ちるだけで、不快と思う感情はすぐに「今、何をしているだろうか」という心配に転換される。放っておくと、食を放棄する男だ。長州の人間は木戸を甘やかし、厳しく言えず、いつもするりとかわされる傾向にある。己が傍で煩く言わねば、食を取らずに、さらにやつれるのではないか。やはり萩に赴き、一週間ほど木戸の世話をしてきた方が良いのではないか、という思考に至った時、なにを考えているのだ、と情けない吐息をひとつこぼして、馬車に乗り込んだ。
「一から話せ。まずはどこに赴けば良い?」
「新橋」
 横に山田が座すと同時に、御者は馬を進ませる。
 その地名でおおよそ山県は事の成り行きを悟った。
 お神酒徳利と称される長州閥の仲良し二人組。  伊藤博文と井上馨が、行きつけの新橋の料亭で何やら不手際をやらかしたのだろう。
 この手のことは珍しいことではない。
 あの二人は兎角お祭り騒ぎを好み、芸妓をそろえてパッと賑やかに騒ぐのを何よりもの気晴らしとしていた。
「酔いがまわってさ。伊藤さんはいつも通りに泣き上戸の絡み。井上さんは、芸妓と踊って……そこまでは良かったんだけど」
「………」
「はじめはいつも通り、好きな食べ物から始まって、好みの顔に至り……飲み過ぎて酔っぱらっていてさ。そこで……物を投げ合う大ゲンカが始まった」
「おまえは傍にいたのだろうが」
「仕方ないじゃないか。僕だって……酔っぱらっていたんだから」
「おまえまで……物を投げ合ったのか」
「……少しは」
 頭を抱えた山県に、さらに追い打ちの言葉が突き刺さる。
「その物の投げ合いがちょっと行き過ぎたようなんだ。朝、起きたら座敷は半壊で、壺とか掛け軸とか……木端微塵。僕は壺は投げてないよ。記憶ないけど」
「………頼る相手が間違っていないか。この手のことは伊藤の家内殿がよく承知していよう」
 伊藤の妻梅子は、夫の宴会好きをよくよく心得ている。何か騒ぎを起こそうとも、微動だにせず、資金を工面して弁償するのだ。
「料亭の女将が……ちゃんとした地位のある人の証文が欲しいってさ。工部卿、参議伊藤博文といっても、あの新橋を我が物顔で歩いている金のない伊藤さんのことをみぃんな承知だから……さ」
「何故に私のところになどきた」
「木戸さん、萩だし。こんな汚点話は同郷の人間くらいにしか言えないじゃないか。他の人間を頼れば醜聞となって廟堂を駆け巡る」
 ひとつため息を落とした山田も、騒ぎの要因であるのを自覚しているのか、その顔には覇気がなく、少しばかりしょぼくれている。
「長州閥でそれなりの地位にあるのはおまえくらいだし、さ」
「この貸しは高くつくぞ」
「いいよいいよ。すべて伊藤さんにツケておくから。もうおまえの伊藤さんへの貸しは百超えているじゃないか。一つ二つ増えようとも、同じようなモノだよ」
 へらぁと笑い、山田は窓より外を見ている。
 往来にはちらほらと人が見れる時刻となっていたが、こんな時間から馬車を飛ばす人間はやはりいない。馬車どころか人力車とて走ってはいなかった。
 山県の邸宅から新橋までは馬車でも半時はかかる。宮城を横目に見ながら、さらに南下しないとならない。朝から酷使される馬も哀れなものだ、と思い、しかもこの同郷の知人のために朝っぱらから借り出される己に辟易した。なにゆえに無視できぬのか。何故に見捨てることができぬのか。いつも堂々巡りのように頭を駆け巡るこの問いに、馬車の揺れを感じながら本日も山県は考え、いつも通りに答えを見いだせず、山田が誘導する新橋の料亭に到着した。
 御者の慣れた手つきを思わせるゆっくりとした振動をさして感じられぬ停車に満足し、まずは山田が降り、それに山県も続く。
 未だ朝の澄んだ空気がこの身をきよめるかのように包む中、目の前の料亭では何やら暗雲が感じられ、山田が引っ張る中、重い足を動かし座敷に連れ込まれたが、なぜか正座をさせられている伊藤と井上を見た瞬間、やはり見捨てなかったことを心から山県は後悔したのだった。
「や、山県……」
 なりふり構わぬといった体で足元に縋りつく伊藤は、どっぷりと憔悴している。
「待っていたぞ、山県。いや、すまん。この通りだ。ここの座敷の、な。修理代やら弁償を……立て替えてくれ。あとで利子をつけてきっちりと払う」
 珍しく井上がその場で土下座するのを見て、あぁ何かあるのだな、と二人の前に立つ女将に視線を向けた。
「なぁに、本日きっちりとお支払いただけなければ、身ぐるみを剥いで廟堂にお届けする、と言ったまででありますよ」
 泰然と言い切る女将には、妙な余裕が感じられた。周りを囲むのはこの料亭の用心棒だろうか。荒くれどもの顔を見渡し、とんでもないところの座敷にあがったものだ、と睨みつける。
「僕と聞多には信用がないらしくてさ。しかも……金もない。ここは大金をためにためているおまえしか……」
「頼む、山県。俺らを助けると思ってよ」
 身ぐるみ剥がれて廟堂に放り込まれようが、新聞に醜聞として載ろうが、山県にはどうでもよいことだ。いささか長州閥の評価は堕ちるであろうが、もともと汚職の権化と化している長州である。いまさら醜聞のひとつや二つ痛くも痒くもない。だが、だ。井上は汚職問題により現在は政府より去っているとはいえ、この二人は長州の大物中の大物。しかも今、木戸が政府より去っている現在、この伊藤の力が醜聞によって下がるのは長州にとっては痛手だ。
 しかも木戸を政府に呼び戻すには、この伊藤の力を使うに越したことはない。
「女将」
 山県は仕方なく持参した「陸軍卿」の任命証を見せ、修理代の代金を聞き、その場で有り金はすべて渡して後、自らの印を持って残りは後ほど支払うということで話しをつけた。
 そして、山田もその場に座らせ、こう宣告する。
「一か月以内に代替をした分、きっちりと支払え。それができねば、三人とも女将の言うが通り身ぐるみを剥いで廟堂に放り込む」
 ひえぇぇ、とのけぞる伊藤の手を捕えて、さらに山県は声音を低めて続ける。
「これは多大な貸しだ、伊藤。いつもの一つや二つの貸しとは次元が違う」
「わ、分かっているよ。おまえに……頼るしかなかったなんて……僕だってかなり恥だと思っている」
「この貸しをどうやって払う、伊藤」
 えっ、と言葉を詰まらせた伊藤は、その場で何を思ったのかニタリと笑った。ろくでもないことを言いだす前のこの男の顔だ。山県は思わずその場で伊藤の膝を蹴り飛ばした。
「痛い! まだ何も言っていないじゃないか」
「体で返すなどという気色悪いことは言うな」
「……さすがは、山県。長い付き合いだね。僕はおまえが大嫌いだけど、恩はちゃんと返すよ。いかようにもしてくれていい。僕はまな板の鯉でいるからさ」
 さらに蹴飛ばそうとしたが、寸前で伊藤は避けた。相当に最初の蹴りが痛かったようだ。
「僕の体は高いからね」
「いらん。……次に言えば、身ぐるみを剥いで廟堂に押し込む」
「いやだなぁ。そんな身ぐるみを剥いで……衆人監視のもとでやるの? 別に僕はそれで……待った。待ったぁ!」
 振りあげた拳が目に入ったのだろう。伊藤は必死に頭を左右に振る。
「どうしておまえはこう言った冗談が通じないのかな」
「冗談としては性質が悪い」
 全身総毛立つほどに、おぞましい「支払」の提示だった。
「体ではなく、唯一支払える一世一代の場を与えてやろう」
「僕は体でもいいけど。その方が早いし、楽だし」
 おいおい、と井上が制止に入り、伊藤はその無駄口をようやく閉ざした。
「良いか、伊藤。井上さん。萩に赴き、何としてでも木戸さんを引っ張ってこい」
「なっ」
 思いもがけない言葉だったのだろう。伊藤は茫然とし、井上は「はにゃ」と声をあげた。
「私はいささかあの人に言いたいことがある。苛立つほどにあの人に……怒っている。目の前で説教したいゆえにさっさと連れてこい」
「そう言うがな、山県。桂さんは萩から出る気がないというか」
「そこが貴殿らの腕の見せ所だろう。天下の周旋家としての実力の見せ場だ」
「僕だってさ。木戸さんはもちろん連れ戻すつもりでいるよ」
「……本気になれ、伊藤」
「なんだよ、山県。そんな言葉で僕が……」
「連れてこれねば身ぐるみを剥ぐ」
「いやだあぁぁぁ」
 雄たけびはその場にこだまして、ぶるぶると震える伊藤はその場でコクコクと頷くばかり。渋々といった顔で、井上も頷いている。
「山田は萩の前原などの動きを探れ」
「僕に命令するな」
「……身ぐるみを剥ぐ方が良かったか」
 瞬間、ぶるぶると頭を横に振り、ぶつくさと文句を言いつつも、小さく「分かった」と言った。
「木戸さんを呼び戻すためだけに、助けてやろう」
「ガタが偉そうに。やっぱりガタに頼ったのが間違いだったんじゃない、伊藤さん」
「そう言うけどさ、市。他にこの賠償金……どうにかしてくれる人っている?」
「……僕たちってみぃんな貧乏だしね」
「聞多が三井から借りられたらよかったんだけど……さ」
「だからそれは言ったじゃないか。そんな借りを作ったら後が怖いってよ。あの三井だぞ」
 三者とも重いため息をつき、仕方ないとばかりに山県に「すまん」と小さく頭だけは下げたのだった。
 山県に言わせればさしたる金額ではない。家に戻り金庫をあければ、すぐにでも払えるものだ。それを恩着せがましくしたのには、この三人の力を最大限使うためである。
 己では木戸を萩より連れだせないことに忸怩たる思いもあるが、人には得手不得手というものがあるものだ。ここでは得手である伊藤の力を十二分に使うのが良策である。
「でもさ。なんでガタ。そんなに木戸さんに会いたいの」
 山田のもっともな疑問に山県はいつも通りの返答を返した。
「おそらく食事を満足にせず、弱っていると思われる。食を軽視するあの人には私がコツコツと説教をせねばならぬのだ」
「はじまったよ、山県の桂さんに対する過保護がよ」
「ならさ、山県。自分で木戸さんを……」
 そこで眼光をさらに鋭くすると、伊藤は身を小さくしてぶるぶると頭を振った。
「僕と聞多があの手この手を使って木戸さんを連れてくるよ。身ぐるみ剥がれる羞恥は、僕たちだってごめんだから」
「そうだ。さすがに……そんな恥は俊輔くらいの開き直りがないと笑ってすませないぞ」
「なんだって聞多。それどういう意味?」
「そうだろうが。いまさらおまえに恥などあるかよ」
「ひどい! 僕だって身ぐるみはがされるのは嫌だよ。あの大久保とかにさげすまされるんだよ。特に大隈。ああぁぁ、想像しただけで腹が立つ」
「……今さらだろうが」
「聞多!」
 そこでこの「お神酒徳利」の二人は、互いの頬を引っ張りあう幼稚な喧嘩をはじめ、やれやれと山県は頭を抱えたが、早々に三人の襟首を掴んで、馬車に引き取った。
「今後、何があろうとも私に頼るな」
 三人は恍けた顔をし、それぞれにどこか遠くを見つめるばかり。
 本気で「縁切り」を考えだした山県に、山田がなぜかポケットから飴を取り出して、差し出してくる。
「……悪かったとは思っているんだ。でも、いいじゃないか。こんなこと……仲間じゃないと絶対に頼れないことだよ。おまえを仲間だってちゃあんと認知してやっているんだ」
「いっそ仲間から外せ」
 飴を手に取り、それを口に入れ、あぁなんて甘いんだ、と思わず壁をバンと叩きつける。
 飴の甘さばかりではない。いつから己はこんなに甘くなったのか。仲間だと。何とくだらない。むしろ仲間にいつからなったのか。そんな負の感情がぐるぐると頭の中に周り、ここに木戸がいれば「これも仕方ないことだよ」と微苦笑するだろうな、と考え、妙にあの笑顔が懐かしく、いますぐあいたいという激情が体を貫き、
「うわぁ」
 馬車の急激な揺れで、その感情も一瞬にして覚めた。
 倒れこんできた伊藤を、無自覚に蹴り飛ばそうとも、本日は致し方ない、で済まされるだろう。


長州四天王

長州四天王

  • 全1幕
  • 維新政府(陸軍)小説
  • 【初出】 2011年2月2日
  • 【修正版】 2012年12月15日(日)
  • 【備考】山県有朋命日追悼作品