拍手069弾:

― 団子を食べつつ世間話 -市&弥二- ―

「なぁ市。そろそろ俺も嫁をもらおうと考えている」
 それはのんびりの甘味所で団子を食べている時のこと。
「嫁さん?」
 山田市之允は目をきょとんとさせ、少し後にケラケラ笑い出した。
「嫌味で人を見下すのが大好き。女にどれだけ振られたか~の弥二に嫁さん? 無理無理」
「それを言うならどうみてもそこらの女の子よりも小さい市はどうなんだね」
「なんだって。そこらの小さな幼い子どもより僕が小さいって」
「俺はそこまではいっていないなぁ。確かに蟻を探すように市は探すけどね。市はどこだ。市~~蟻んこより小さな市」
「弥二」
「なんだね。蟻んこ市」
 長州藩の山田市之允、品川弥二郎という御盾隊の幹部は、団子片手にジトーッとにらみ合う。
「ふん。僕にはいい人いるからね」
「知っているわ。あの温泉街の……だろう。市よりも背がちょいと高いなぁ。あぁぁ市。嫁さんより背が低いなんて哀れな」
「低いを強調するな」
「座高が高くってよかったじゃないか。座るとお前の方が若干高いかもな」
「弥あぁぁぁじぃぃぃぃ」
「おこしゃま市。君に嫁さんがくるんだ。この俺にこないはずがない。それに既にめぼしはついている」
 そこで甘味が大好物な品川はみたらし団子を五本追加した。
 粒あんがこってりと乗っている……実に甘そうな団子だ。味はよもぎである。


「市。君も勘はなかなかいい。井上さんもなるほど良い。伊藤さんは全く駄目だな」
「……何がいいたいんだよ」
 少しばかり腹いせにガブッと団子にかじりつく山田。
「その君や井上さんよりも俺の方が勘がいいと思われる。そして人の行方が分かるんだよな」
「ふーーーん。黄泉を彷徨った井上さんの霊感より、弥二の勘はいいんだ」
「いい。その俺の勘曰く、これからの先、一番に出世するのは伊藤さんと山県だ」
 エッ、と山田はぽかーんとした。
「通常でいけば木戸さんだが、あの人は出世に興味がない。ついでに高杉さんがあぁなってからはもう生きるのが辛そうだ。
 そう考えれば二番手は……たぶん伊藤さんになる。あの人は運だけはいい。そして勝負運は最高にいい。それでかっていくさ」
「井上さんより伊藤さんの方が上にいくとみたんだ」
「あぁ。伊藤さんの勝負運は色狂い同様尋常じゃない。井上さんは……最期は力より金さ」
 なるほど、と山田は手を打ち、賛同するかのようにうんうん、と頷く。
「だがな、勝負運はあるが勘がよくない。ついでにあの人は人たらしだが、人の面倒見は絶対によくないさ」
「弥二の人の見る目も尋常じゃないよね」
「それは市の戦を見る目と同じさ。どうしてこんなおこしゃまの市に天は非凡な才を与えたまうたか」
「おこしゃまは余計だ。僕は弥二とさして年も変わらない」
 この二人の年の差は、品川が一年ほど年長というだけである。
「背はこれだけ違うな。あぁ市、人込みの中に入ると探すのに苦労するな」
「たかが一寸ちょいで……僕を見下すな」
「背の差はどうにもならないからな」
「うるさい」
 松下村塾で共に机を並べ、松陰に学んだことがあるこの二人は仲が良い、といわれている。
 山田に言わせれば「背が小さい」と嫌味を言う品川は苦手であるが、腐れ縁でこうしてよく一緒をしているだけだ。
 顔を合わせるだけでニヤリと嫌味がかった笑いをし、何かと嫌味を言ってくるこの品川を、時には本気で縁切りだ~と叫ぶことすらある。
 それでも一緒にいることに、この二人の関係は明確に表現される。
 おそらく一生、切れることが無い腐れ縁の友人のまま時は過ぎていくに違いない。


「ついでに伊藤さんなら必要なくなった人間は見捨てる。義理や人情ではあの人は縛れないからな」
「確かに。あの飽きた女性を一顧だにせず捨てる姿は……凄まじいよ」
「……いつか天罰が下るだろう。あまりそういうことは信じない俺でも伊藤さんを見ていると思うところがある」
 それで、だ。と品川は人差し指を山田に突き刺した。
「俺の勘は山県は上に行くと告げている」
「なぁんで山県? 確かにアイツは奇兵隊預かっているけどさ」
「なにって? アイツは勝負運はない。だがな堅実さと悪運さ。決して石橋を壊さんやり方。あいつの間違わないやり方は政治では光る」
 山県狂介。奇兵隊軍監として奇兵隊の全てを握るこの男は、山田から見ると六歳ほど年長だ。
 松下村塾に少しばかり在籍をしたという共通項はあるが、軍人であり、ましてや北国の永久凍土と言われるほどに雰囲気は冷たく、風情などは地獄の深淵などといわれる暗い男で近づきがたい。
 山田などは年長だというのに山県を「ガタ」と呼んで、時に辛かったりしている。
「伊藤さんと違い山県は一度懐に入れた人間は最期まで面倒を見る。放り出すことや、追い落とすことは無い。あの功山寺決起の際がそうだっただろう。 伊藤さんは勝負運が煌いて高杉さんについていって勝運をもぎ取った。けどな山県は……決して奇兵隊を動かさなかった。そして隊員は山県に従った。あいつ……統制力は際立っているんだな」
 奇兵隊開闢総督として奇兵隊隊員の憧憬の象徴である高杉が「共に決起しよう」と呼びかけたあの時、
 軍監の山県は制止をかけた。山県の「制止」その一言で、隊員はピタリと動きを止めたのだ。決して抜け出すものは無かった。


「あれは情のつながりで……人を統制する。見事な……一つの己が派閥を作るだろう」
「なに? 弥二はガタについていくつもり」
「あぁ。間違いは無い。おそらく山県は……次の世代の上にいく」
「木戸さんがいる限り、それはないよ。ガタだって木戸さんの言うことだけはよく聞くし。ついでにさ。あの男……木戸さんに過保護だよ」
「そうだな。だが木戸さんは……もたない」
「なんだって。なにいうんだよ。木戸さんは長生きするから。ちゃんと……」
「よく聞け、市。木戸さんはもう飛べない。片翼を失った鳥のようなもんだから。あの人の今の姿は……逆に辛い。長州の首魁に強さはない」
「それでも僕は木戸さんを助ける。木戸さんが好きだから。木戸さんは……」
「それが情というものだ、市」
 品川は団子を全て平らげ、さらに追加を頼んだ。取次ぎの女給は目を丸くしている。
「中途半端な情では政府では通じない」
 現実主義者の品川の目は、先の先を見据える。
 かの薩長同盟の際は連絡係として一役かったこの男は、自らが先頭に立ち事を収めるに向いていないことだけは百も承知だ。
 自らのような男は、長に立つ男の影に隠れて大事な仕事をするに長けている。
 その性格を師松陰に特に愛されたこの品川も、長ずれば世の世情というものに流れに踊らされないだけの、生きる確たる目を持ち始めた。
 間違わぬこと。ただ一つ。誰についていくかを。誰と縁を結ぶかを。


「山県を助けてやろうと思う。市は山県が好きではないからな。敵にならんまでも味方にはなるまい。だが俺は味方になってやるつもりだ」
「へぇぇ。弥二としては珍しく真面目な言い方をするな」
「それで嫁の話だ。味方になるならな、確たる方法でなっていた方がいい。山県にはまだ娘はおらんし、結婚して月日も立たん。 縁戚になるにはな。娘は無理だが……姪をもらっておくことにした」
「なっ……弥二」
「山県の姉には三人の娘が現在ある。その長女静子。まだ婿が決まっていないからな。俺がもらっておくことにした」
「ガタは承知したの」
「まだいっていない。だがなよぉく考えてみろ。婿としてこの村塾出身の政府の重鎮となる俺は格好だろう? 俺という存在を敵にするよりは味方としてつかう方を山県なら考えるだろう。 ついでに静子は、できた女だ。大好きな叔父のために、叔父の利となる婿を取ることに何の疑問も感じないだろう」
 山県の姉壽子には五人の子供があり、その中の三姉妹はそろって、無愛想な叔父を敬愛している。
 その中でも長女静子は、かねてよりこの叔父のような人と結婚したいと言っていたほどだ。
「ガタが弥二はイヤだっていうよ」
「そうならないように既成事実というものを作っておくさ」
「それは……不誠実って奴でさ」
「そんなの関係ない。全てはこれは駆け引きだ。嫁をどこからもらうかで俺の行く道も変わる」
 事実、この後品川弥二郎は巨大派閥山県閥の重鎮として内務大臣まで登りつめ、山県閥の若手を抑えていくことになる。
 彼が、山県閥官僚一番手と言わしめた白根専一と行ったのが、かの名高い松方内閣での選挙大干渉であり、血の雨が降ったと語り草となっている。


「僕はそんなことに縛られず、自分が行く道を行く。自由にやりたいように」
 山田はにたりは笑った。
 日大創建の祖である山田市之允こと顕義は、陸軍に在籍しながらも後に「兵は凶器なり」という持論を持ち、西南の役出征志願を最期に軍よりは身を引く。
 彼は法律を整備し、近代日本の法治国家たることに貢献する道を進んだ。誰の下につかず、派閥にも政党にも加わらず、行きたい道を進み、大津事件の後に不慮の死を遂げる。
 今、この甘味処で団子をおいしそうにもはや三十本は食べているこの二人が、
 後の外務大臣と司法大臣とは誰も想像だにすまい。
「で、弥二はその静子さんが少しは好きなの」
 はむっと団子を一個口に入れた山田に、
「例え利を追おうともな。俺は好きでも無い女に求愛も罠もしかけんさ」
 罠!と振り向いた山田にニヤリと笑った品川は、なにを思ったのか山田の頭をよしよしと撫ぜる。
「子ども扱いはするな」
「市、これからはあまり構ってやれないな。寂しかったらいつでも俺の胸に甘えにこい」
「なんだって。僕は寂しくなど無い。清々する。それに甘えるなら木戸さんの胸にするよ」
「つれないな、市」
「うるさい」
 あるうららかな帝都東京での一幕。
 甘味処にこの二人の将来有望な政府役人は、なんと三時(六時間)も居座り、団子を食べ続けた。
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WEB拍手一覧 069「団子を食べつつ世間話 -市&弥二-」

WEB拍手 団子を食べつつ世間話

  • 【初出】 2008年10月21日
  • 【終了】 2008年10月31日
  • 【備考】 拍手第69弾・小説五区切りで御礼SSとしています。