* 折りたたむ
二年前に放送した「白虎隊」の井上丘隅の長女ちか子が登場する。史実では井上丘隅一家は全員あの会津
戦争の際に一家で自刃しているが、ちか子は生きのびて箱館まで流れ着き、箱館病院で土方と再会する。
「白虎隊」の後篇においてもわずかだが、ちか子と土方の恋の切なさが描かれてもいた。
話しは榎本武揚がオランダ留学より造船した開陽丸に乗船して戻るところから始まる。当時、日本はすでに
動乱の世となっており、勝海舟は「幕府の死に水をどう取ってやるか」と言いだす始末。戊辰戦争に至っては
海軍を握りつつも勝の方針で海軍を動かさずに静観の構えの榎本も、彰義隊の末路を見、慶喜の静岡謹慎
を見届けて後、幕臣を乗せて一路蝦夷に向かうことを決意する。
前半は榎本を抑える勝海舟(津川雅彦)の好演が光った。幕府の屋台骨を背負い周囲の批難を受けつつも
決然と我が道を行く勝の姿は見事であった(狸振りと底の知れなさがあったが)
嵐の中、蝦夷に渡った榎本は五稜郭を制圧。希望の象徴開陽丸を失い消沈する様は凄味が合った。
だがその開陽を失ったことが、政府との一戦の前に宮古湾にて奇襲作戦(アボルタージュ)により甲鉄艦を
奪取する計画に繋がっていく。後篇は「死にたがり」の土方歳三(渡哲也)の壮絶な生き方が印象深い。
新選組の副長として闘って死す。死ぬことしか頭にない生き方が壮絶に描かれていた。
年末時代劇スペシャルの中でいちばんにまとまりが合い、表現力が高かった作品であった。
先の二作のように歴史の美化がさして見えず、悲劇性も強調されてはいない。それぞれの意地や誇りや
思いが強く描かれ、人間の感情や生き様よりの悲しみや感動が生まれる作品。
個人的に敵や味方の隔てなく治療にあたる箱館病院院長高松凌雲(風間杜夫)の飄々としながらも一本芯が
通った意思の強さは興味深かった。また中島三郎助(若林豪)親子の壮絶な最期と、そこを通りかかった
山田顕義が「子どもまでころしよって。榎本はあほぅじゃ」と叫ぶシーンがいちばんに胸に痛かった。
宮古湾海戦が描かれた唯一の作品であり、甲賀源吾や荒井郁之助など海軍メンバーが登場している。
その死については脚色されているが伊庭八郎(舘ひろし)も登場し、戦争の際の存在感は強かった。
陸軍奉行である大鳥圭介についてはメインとして扱われることがなかったのは残念だった。あの降伏の際の
「降伏と洒落こもうじゃないか」が聞きたかった。額兵隊の紹介はあったが、伝習隊の紹介がないのも残念。
途中伝習隊の大川正次郎(三浦友和)が登場したので、もう少し取りあげてもよかったのではないと感じた。
全体的にバランスが取れ、政府側の黒田清隆とのやり取りなどにも無茶はなく、降伏後に入獄中、母や妻に
再会するシーンなど描かれ、滅びの美学ではなく「生きる」「生きていく」終わりが好感を持った。
エピローグで榎本がシベリアに赴き、そこで何を思ったのか。仲間たちの回想と共に視聴者の想像に任せる
構想にも好感が持てる。
主要人物 : 榎本武揚(里見浩太朗) 土方歳三(渡哲也) 勝海舟(津川雅彦) 榎本多津(浅野ゆう子)