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2016-08-11 桂さんの誕生日!

 今日は桂さんの西暦に換算したときの誕生日。
 

 
 全国的に猛暑となった本日。涼しいと思われている北海道でも30度超え!
 外に出るだけでも日差しにあてられ、日干しになるかと思いました。
 
 誕生日祝小説は書いていたのですが、意外と長くなってしまいまとまりませんでした・・・。
 一日遅れで更新したいとは思いますが・・・大人げない大人二人の押し問答のおかげで長い長い。
 時期に合わせてお祭り話です。
 明治保育園以外では久々の高杉晋作! しかもちび晋作・・・。可愛いのか小憎らしいのか。
 
 六月二十六日と言えばまだ涼しげな風が吹くころかな。梅雨が始まるころという印象ですが、
 八月十一となるとお盆です。しかも「山の日」となりました。
 今年からは桂さんの誕生日は山の日と覚えておかねば。う・・・山に関連した話にすればよかったかな。
 
 山の日は本来は12日とする案があったようです。お盆とくっ付いて良い塩梅だったのですが、日航機の事故と同じ日になってしまうので避けたそうです。御巣鷹でしたからね。山の日にするにはかなり問題があると思います。
 
 つい先日・・・暑い日に仕事で海沿いを車で走っていましたが、
 時間があったので久々に小平町の道の駅に行ってきました。松浦武四郎像(等身大145cmほど)にも再開。
 松浦さんは北海道にはニ銅像あり。ついでに北海道の命名の場所にもいったことあります。砂利道で車が傷つくと喚いた記憶が・・・。
 
 小平の道の駅は新しくなっており、資料館も併設されていて、時間があったので見てきたのですが。
 知識としてはあっても、実際に関連物を見ると衝撃というかショックというのが大きかったです。
 
 三船遭難事件。
 
 今でも国籍不明の潜水艦による攻撃と言われていますが、8/22にあえて攻撃をかけたこの悲惨な事件は、調べれば調べるほど苦しい。
 道の駅の前の海岸に「三船遭難慰霊之碑」が建っており、花が供えられていました。
 資料館には特に泰東丸について詳しく案内しています。小笠原丸は引き上げられたようですが、この泰東丸は損傷が激しくて引き上げられていません。また沈没場所を見つけるのにも相当に時間がかかったようです。
 樺太から引き上げてきて、日本の領海内となり、人々はどれほどほっとしていたことか。
 
 碑に「留別の地樺太を脱し数刻夢に描きし故山を目睫にしてこの惨禍に遭う悲惨の極みなり」
 
 とありました。想像するだけですが涙がこぼれたものです。どれほどに無念か。
 小笠原丸は稚内に寄港しそこで降りた方もいたのですが、稚内の受け入れ機能が限界に達したようで、そのまま船は小樽に向かうということで降りずに小樽に向かった人たちが被害にあいました。
 第二号新興丸と泰東丸は稚内の受け入れ機能が限界と言うことで初めから小樽に向かっていたようです。
 その最中に国籍不明(今でも認めないのでこうなっていますが・・・)の潜水艦よりの攻撃。
 
 この事件はソ連のスターリンが、北海道を留萌より釧路までまっすぐ線を引いて南北で分断して領有しようという計画をまだあきらめていないときにおきたものです。この日の午後に完全にソ連軍は停戦しているので、言葉には言い尽くせない事件です。
 万が一、このスターリンの案をルーズベルトがのんでいたと考えると、ぞっとします。
 私・・・ロシア側? その前に父母が出会うこともない。くわばらくわばら。
 
 
 と言うことで、お盆真っ最中の桂さんの誕生日。
 来年は山の日と合わせてお祝いしよう♪
 ついでに逝く者はかなりの間違いが発覚したので、現在書き直しています・・・・。
 
 
 183年目の誕生日、桂さん、おめでとう♪
 
  

23:59 | カテゴリー : 日常話コメント(0)

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