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2018-10-22 箱館に行ってきました!

 

14日より仕事で千歳と函館に行ってきました。
震源地に近い千歳には少し怖いものがありましたが、当日は震度1の地震もなくてよかった。
ただ……天候晴れを信じていたのに豪雨! 天気予報~~と叫びましたね、私!
 
 
翌日は函館に向かって車を進ませ、途中鷲ノ木に寄るかどうかを迷いましたが、車が空かないと右折できないんですよ、あそこ!
小さな道からまわるようにして入らないとならないので、ここも3年前に行ったのでスルー。
北海道の道の駅めぐりをかつて制覇した身としては、新しくできた七飯の道の駅はぜひ行きたいと思い立ち寄りました。
新函館北斗の近くとは聞いていたのです。近くなのですが……峠下の古戦場に入る道の横ではありませんか!( ゚Д゚)
住所を見たら確かに「峠下」
10時には湯の川に行かないとならない……峠下に行こうか。いやいやと頭は大混乱になりつつも、仕事は大事です。お得意様が待っております_(._.)_
 
 
15日は19時まで仕事をして、ちょいと七重浜に行きました。ここには温泉があってそこから函館山が見えるのです。市街の夜景も見られ、函館山からは逆風景ですね。
露天風呂に誰もいない時間帯に函館山を見ながら、5/10の逝くもの~の山田市の場面を思い描きました。よしこれでいこうとようやく思えました。
七重浜は大鳥さんたちが何度も奇襲をしている場所です。ここには碑も何もありませんが、七重浜と聞くと胸が騒ぎます。
 
 
16日も朝からお仕事……(まぁ仕事の出張で来ているのです……) ちゃっちゃかまわって15時過ぎに終わり、亀田なのでどうにか五稜郭に行ける時間。
走れ~~と車を置いて五稜郭に向かったのがいけなかった……( ;∀;)
五稜郭には暗くなる前に入り、人がほとんどいなく肌寒くなってきた時間帯でした。
 
 

 
 
奉行所近くの厩や罪人を留め置いた場所。居住区などをぱしゃぱしゃ写真を撮り、一応は皆さんが埋められていたと言われている土饅頭に手を合わせ。奉行の杉浦のパネルなどができていたことにびっくり。
三年は長い。なにせ土産売場だったところがドラッグストアになっていたこの衝撃!
前は箱館戦争の史料なども販売していて、ほくほくして購入していたものですが、もうないですよ、そういうものは!
五稜郭タワーの1階は土産屋さんになってしまいましたなぁ~~
 
 

 
 
暗くなるまで奉行所前にボーッと座っていて、こちらも5/11の夢想をしていたのですが、暗くなってさすがに怖くなりました。
裏口から出たのですが、私は天性の方向音痴。しかも充電がほとんどない。
何度も来ているのだから大丈夫~などと思ったのが運のつき。迷いました。半分泣きが入りました。結果、40分近く歩く羽目に……。
充電は本当に大事ですよ。現在地を把握するにはスマホが必要です!!
ようやく戻れたときには泣きそうになってしまいました!
それでも迷いながら、ここを昔本多くんが通ったかな~と思うと、不思議と楽しくなってきたのが不思議です。
 
 
17日、仕事は仕事ですが2時間くらいなので、函館山に登りました。ですが昨日の迷いで足が疲弊していたのか寝坊(*´Д`)
12時くらいに五稜郭に出て、そこからバスに乗り継いで函館駅に出ようとしてもバス停が見つからない!
とりあえず函館駅の方角に歩いていれば、そのうちバス停があるでしょう~と暑い中、歩いていてもないないないない!
ふと見れば、あれこのあたりって千代ヶ岡?と思ったら、中島先生の碑があり、あぁ千代ヶ岡台場だ……まるで呼ばれたみたいだなと思ってしまいました。
中島先生の碑に手を合わせ、これから5月11日を書きますと報告をし、千代ヶ岡台場を一周して路面電車の駅に出ればそこがバス停。ようやく見つかった~~
はっきり言えば五稜郭から千代ヶ岡台場への道を歩いていたんですよ。
前に歩いて時間はかっているのですが、今度は違う道できたみたいです。
 
 

 
 
函館駅で函館山にのぼるバスの時間を聞きました。ちょうどロープウェイはメンテナンスでしばらくお休みなんです。
ついでに護国神社に行きたいというと、函館山にのぼる際のふもとということなので、鳥居前までバスで行けるのです。
昼の函館山にのぼり、風は冷たい! 334メートル。立待岬の方角を見ながら、あそこからここまで7つの山から連なっているので、けっこう黒田、苦労したんじゃないかと今更思いました。
夜だと分からないですが、昼だと……立待岬からメインの御殿山までの距離は計り知れなく思いました。黒田あぁぁ。
 
 

 
 
函館山を下って護国神社。周囲をちまちまと散策しながら「官軍墓はどこだ~」と探します。
なんと駐車場の方なのです。社からは案内もなくて戸惑いました。駐車場にはきれいに看板が建っていました。
弘前藩、大野藩の墓がたくさん。司馬遼太郎の紀行だったかで「弘前藩は鉄砲除けに使われた」と書いてあったことを思い出しました。
ちなみに薩摩については大きな墓というか碑がひとつ。まとめてあります。江差は長州藩の墓が多いのですが、函館はどちらかというと薩摩ですね。
江差から二股の街道は長州が受け持っていたので、あちらの戦死者が多かったのでしょう、長州は。船の碑もありああ佐賀……と思いを馳せました。
ここでなんだか寒気がしてぶるぶるしてしまったんです。
称名寺も墓が多いのですが、こちらではなんともなかったんですよね。
この官軍墓、けっこう偉人さんの墓参りにいく私として珍しいくらいな寒気!
今となってはふと思いますが、ここらで風邪を拾ったのでしょうか、実は。函館山、寒かったですし。下に降りれば暑くて汗をかきながら、この後、十字街に歩き、そこから元町散策に入ったので、もしかしたら風邪はここでかもしれません。
 
 
函館から戻ってきた際にだるい~と思ったのですが、さして気にせずにいたら翌日には喉が痛くなり……それでも札幌には仕事で行かないとならないので無視していたら悪化しました!
墓で寒気などと思っていたのですが、風邪ならば納得。帰りも車を運転しながらなんだかおかしくて休みながらきたのも頷けます!
 
 
護国神社をまっすぐ下ると、高田屋嘉兵衛の屋敷跡になり、銅像が建っています。
三年前は夜だったのできちんと映らなかったので、今回はと思いましたが、今度は日差しが照りすぎていてやはりだめ……。
ちょっと悲しみながら、三年前は食べられなかったたこ焼きをゲットしました。
ついでに高田屋屋敷は明治には坂上の遊女屋が火事で全焼したので、こちらに移ったんです。
残るは高田屋一族の墓と本店跡。菜の花の沖を制覇した記念に見ようと思っていました。
 
 
十字街に出て異国橋と武蔵野楼周辺を見てから、元町に。元町散策は気力の勝負です。坂がかなりの急斜面です。足が突っ張ります。
いつもならぽうっと元町公園の旧奉行所跡から函館の街並みを見ているのが好きなのですが、歩きました、その日。手には作成した明治二年の地図を手に。寺などは全て移動しているので明治2年とは様変わりしています。
それだけ火事が多い街だったのです。松前など唯一の国宝の城が焼けたくらいですし。
 
 
公会堂や教会を横目に速足で歩く。行くのは称名寺と実行寺。実行寺の諏訪のところには行かねばならないと決めていました。
足が半ば棒になりつつ実行寺に。
途中、このあたりが箱館病院のはずと地図を見ながらその周辺をジッと見ています。
かつての箱館病院の写真から見て少し盛り上げているように見えますが、その周辺も一直線の坂ではなく少し平になり急こう配になるなどかつての跡が見える感じでした。
 
 
そして実行寺。
長い間諏訪の墓は見つからなかったのです。話では会津藩の仲間たちの墓からはかなり離れたところにあったと聞きました。
今はきちんと横に並んでいます。なむなむと参ってしのびつつ、称名寺に。ここには高田屋の一族の墓があり、新選組の供養碑があることが頭に入っていました。
うす暗い……さすがに怖い! 新選組の供養碑はすぐに見つかり高田屋は諦めようかと思うほどの薄気味悪さ。
それでも墓の中に入り高田屋一族の墓を見つけて手を合わせ、河野政通という名前を見つけてあの河野政通か!
箱館という地名は河野屋敷から来ています。もともとは宇須岸と言われていたんです。アイヌの歴史をここ数か月ある一点のために調べに調べていたので、この名前には思い入れが。
などと散策していたら真っ暗!
とりあえずは海側に行くかなと思っていましたが、ここをまっすぐ進んだらかつての弁天岬台場です。
せっかくなので降りて新選組最期の地と、弁天岬台場があった周辺を見て、うわあぁぁぁ暗いから分かるかな。東坂近くにある高田屋本店の碑。
暗くて分からずGPSを使って現在地と合わせて探してなんとか見つけました。暗いからあまりきれいにデジカメには映らなかった……。
昔はもっと前まで海が来ていたのだろうなと思いながら、小さく縮小されている厳島神社で手を合わせ、ここから沖の口の方向に歩き、海に出て新島襄の渡航碑などを見ていたら疲れ切りました……私。
さぁもう一回登るぞ、函館山!
函館駅に出てバスに乗ります。夜はガイドさん付です。
昼と夜では風情が違う函館山! 晴れた日なので夜景はとてもきれいでしたが、寒いのです、さすが山頂! 写真をぱしゃはしゃ撮り、10分ほどで降りました。
 
 

 
 
本当は函館公園内にある博物館にいって詳しいことを聴きたいと思っていたのですが、月曜は休館日ですし……火曜は函館山メインだったので諦め。
そして帰りはナビ通りに進んでいたらなぜか海沿いのコースではなく、国道230号を指定されそこを進んでルスツに出たときに顔が真っ青になりました。
中山峠など行く気はないですよ、私。しかも雪が降るのではと言われている中、夏タイヤで行ける場所ではありません。
ヤバい。前にも似たり寄ったりのことがあり美笛峠から千歳には出られることは知っていたのでやや迂回させました。中山など超えたら札幌の街です。交通量が半端じゃない。
また千歳に戻り、身体が辛いので休みながらどうにか戻ってきて、翌々日には札幌……風邪も悪化しますよね、この行程。
札幌には開拓使の史跡もさしてなく、黒田の銅像がために身体を酷使する気力などさらさらなく(笑)
スイーツめぐりをする気力もなければ足が痛い!!
札幌……よく行くのですが史跡など永山武四郎邸くらいしか最近は見た記憶が私にはないですなぁ~~
北大は端から端まで歩いて、資料館を見尽くしましたが。
ずいぶん昔には時計台と中島公園はいきました。時計台の旧演武場という字は岩倉具視。
中島公園の豊平館は三条実美の字だったりします♪
今度、ちゃんと調べてみるかな。岩村通俊さんが御用火事である~と焼き払った場所周辺でも歩いてみるかな。
 
 
ということが風邪を拾ったので、しばらく養生したいのですが、それができる身の上ではないので、薬でちゃんと治します(涙)
函館はまるで夢のような世界でした。特に函館山からの景色の迫力にはドキドキします。
時間があれば立待岬行きたかったのですが。ついでに七飯の数々の史跡も手つかずなのが痛い。
それでも頭の中で構造はできたので、書けるかな。逝く者の続きが。五月十一日だけは頭に落ちた気がしています。
さっさと書かないとまた逃してしまいそうなので、がんばりたいものです。
 
 
* すべてスマホからの写真になります。
デジカメでぱしゃぱしゃ撮ったのですが、こちらの方が映りが良いという……なんだか悲しいものが。
デジカメからだと函館の夜景が全く映らなかったです。
 
 

23:13 | カテゴリー : 写真コメント(0)

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