ブログ新着記事

SS小説頁にアクセスする際はパスワードが必要です。パスは木戸公の誕生日8桁(旧)

2013-07-22 7/19-20 函館史跡めぐり

函館に1泊2日でいってまいりました。

 

箱館
とりあえず、携帯でとった写真を添付します。

2日で500枚ほど写真を撮りました。天気もよく、海沿いは海風が涼しかった。

仕事をとんでもない素早さで終わらす、どちらの日も半日日にちをあけました。

 

【19日】

 

鷲の木(森町)→ 峠下台場付近(七飯町)→ 元町周辺(旧開拓使函館支庁レンガ造書庫・公会堂・諸術調所跡・ペリー来航碑・実行寺・称名寺・沖の口番所跡・新島襄海外渡航乗船之碑・明治天皇行幸碑・日本最古の電柱・ペリー会見所の跡・船魂神社・旧桟橋などなど)→ 七重浜

 

 

ひたすら写真を撮っていない元町付近を撮りました。行幸碑は前回が雨だったので撮り直し。弥生小学校(行幸の時の宿舎)は前回撮ったので今回はやめました。教会は晴れた日に何度もいったような気がするので・・・・。少し歩けば弁天台場付近にいきますが、歩く気力なし。

 

【20日】
亀田八幡宮 → 五稜郭 → 函館市立図書館(箱館戦争の書物が多くあり) → 金森倉庫群 → 帰りに国道5号線で史跡周辺通る(悔しい)

 

函館八幡宮と東照宮(権現台場)などはまだいっていない。矢不来や大野の史跡などまだ見たいところありですが、
今回の目的は鷲の木の海岸沿いの碑と、七飯町の峠下古戦場。この二つの分かりづらい場所がメインだったので、
これが行けたので、少し満足。
そして図書館でいろいろと資料を見つけてきました。

 

七飯町の峠下古戦場付近は、八王子千人同心が多く入植しており、戦争の際は新政府側に多くの人が加わったこと。
箱館戦争勃発の碑付近に平山先生の墓とあります。平山先生は例の五稜郭奪還計画の人です。
養子ですが・・・彼の祖父は勝小吉と親交あり。平山先生は峠下の住民にかくまわれていたようです。

 

函館山を黒田は登らなかった記録あり(審議は不明)

面白かったけど、14時から箱館戦争当時の気候についての講演会があり、早く気付いていれぱ参加したかったと悲しい思いをしました。

まぁ仕事としては回りました。そのうち史跡館の公開の際に、すべて写真はアップします。

 

やはり函館は好きです。一日でもポーっとしていられます。五稜郭は一年ぶりでしたが、発掘からか説明書きが多くなっていて嬉しかった。
ちなみには何度もいった箱館奉行所。海から三キロ以上の距離があるのですが、よく大砲が届いたなぁと感慨深くなり。
五稜郭から降伏式となった亀田八幡宮までざっと私の足で30分ほど。昔は民家はないので20分くらいかな。

 

歩きながら撮影した五稜郭タワー!

 

五稜郭本当に天気がよく、タワーが美しかった!

これを目印に歩いていると、民家にばかりぶつかりました(笑)

函館は史跡を大切にしてくれている印象があります。

亀田八幡宮に碑が建ち、森町ですが鷲の木の海岸沿いの碑も新しくなっていて・・・・

どうか松前町。折戸浜古戦場の碑をなんとかしてください(お願い)

今年、もう一度、道南に行けるならば次は江差と松前方面に行きたいものです。

史跡が多い場所は好きです。

会津若松はとても多くて、まわつていると夢が見れます。

箱館の資料は、逝く者~の続きに役立ってくれるはず。

 

今回元町から箱館山を見ましたが、

「お山が美しい」と思いつつ、この高さ。この巨大さ。絶対にトリさんは登るまい~

などと思ってしまいました。

この話、近いうちに書きたいものです。

 

 

21:07 | カテゴリー : 写真 - 日常話コメント(0)

« »

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です