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2014-02-26 雑談 二二六事件

 
 あと5分で2月26日。二二六事件当日となります。
 

 
 昨今仕事の山につぶされそうで、ふと現実逃避をしたのですが(けっこういつも逃避・・・・汗)
 
 本日、逃避中に二二六事件に行きあたりました。
 
 おぅ・・・久しぶり、と思いつつ、本日の日付を思いだして驚き。一日前? これは何の偶然?
 
 などと一人ぶつぶつ呟いている・・・かなりあやしい人になっておりました。
 
 
 
 遠き昔。小学生のころ「226」を見ました。
 
 その出だしの言葉が忘れられず、226と言えば「狂か愚か知らず」が最初に出てきます。
 
 小学のころの私はたんにこの言葉が覚えやすかったのか。インパクトがあったのか。
 
 漢字をあてはまることもなく、意味もなく・・・覚えてしまったというオチです。
 
 
 何年か前に226を調べてみようと思う日がありました。
 
 宮部みゆきさんの「蒲生邸事件」も二二六に間接的に関係があったりして読んだり。
 
 二・二六事件の日の切符がとてつもなく高くなっているらしいと鑑定団で見たり。
 
 
 結果的に、いちばんに興味を持ったのは迫水久常の証言でしょうか。
 
 私的に迫水氏言えば、最後の書記官長という印象です。
 
 かの「日本のいちばん長い日」も見ました。何年か前に証言を取りあげられているのも見ました。
 
 終戦の日のあれこれでこの名前が出てこない日はまずないのですが、
 
 数年前にぼんやりと深夜にテレビをつけていたら、再放送で二二六の証言をしていて、
 
 はて? 迫水氏は二二六の証言ができるほどに、現場にいたの? と不思議に思ったのを覚えています。
 
 遠い記憶に岡田啓介首相の次女の婿が迫水であったことを思いだしました。
 
 この時、迫水は岡田の秘書官だったりします(ちなみに岡田の二度目の妻は迫水の叔母とのこと)
 
 この迫水は岡田啓介襲撃の際、殺害の報を受け首相官邸に入りました。同行は同じく秘書の福田耕だそうです。
 
 2人は寝室に案内をされ、そこで布団の中に寝かされているのは岡田ではなく岡田の義弟の松尾伝蔵だと知ります。
 
 (ちなみに松尾の長男新一の妻喜与は迫水の妹。松尾の妹はあの瀬島の妻だったりします・・・一族の結びがすごい)
 
 さてここで2人の秘書官は岡田がどこにいるのか考え、世話をしている女中がいることを思いだします。
 
 女中部屋に行くと、2人の女中が押し入れの前を守るようにして座っています。
 
 そこで2人は岡田が生存していることを確信し、どう救出するか考え、行動に出ます。
 
 有名な救出劇なので・・・弔問客を官邸に入れるなど奇想な作戦はなかなかに面白いです。
 
 一度、この救出劇をドラマで見てみたいものです。誰が味方か分からぬ疑心暗鬼は相当なものだったようです。
 
 それでも迫水の機転で最初に昭和天皇に生存を報告したことなどが結果的にはうまくいくのですが。
 
 
 迫水や福田、また首相生存に気づいた小倉倉一など凄まじい2日間であったでしょうね。
 
 迫水はこの時の思いを残していますし、岡田は「言葉にでない・・・」といって秘書たちをねぎらったようです。
 
 
 さて岡田ですが、この男は大の酒好きの貧乏中の貧乏というのはよく聞きます。
 
 来客があるとありったけの酒をもってもてなしますが、首相になった日。記者たちにふるまう酒が買えなかった・・・。
 
 酒のかわりに氷を配って、酒を冷やしてほしいといった逸話があります。
 
 そしてこの男の貧乏さは・・・首相官邸に現れています。なんと官邸に義弟松尾伝蔵と2人で住み込みました。
 
 通いの女中は2人。食事については作るコストを考えると出前の方が良いと出前ですませていたらしいです。
 
 首相就任時に着用したシルクハットもなんと借り物・・・服なんてほとんどない。
 
 首相時の給与860円くらい。半分を生活費とし、残り半分が「首相」のおこづかいだったとのこと。
 
 ざっと現在の物価にてらしあわせ×3000とすると240万円。120万を生活費にしこれで女中などを雇い、
 
 あとの120万は首相のおこづかい。ここから色々なものが接待費や会合・・・色々と出て行く~~
 
 そしてあれば酒を・・・とにかく酒をの岡田を人は「清貧の人生」といったりします。
 
 
 伊藤とかガタさんはかなりの給与がありました。どちらも年収は億を軽く超えていたので・・・
 
 それと比較すると岡田はケタが違います。
 
 私は岡田啓介に関してはさして興味がなかったのですが、興味を持ったのは、
 
 義弟と2人で官邸に住まい、かの226の時に義弟は「私が岡田です」といって撃たれたという話に胸がつまりました。
 
 どんな心情ですかね。同じ海軍の斎藤実も斃れ、拝み倒した蔵相高橋是清も死んで・・・
 
 生き残ったのですが、数日後に退任を奏上。かなりの疲労で昭和天皇は岡田は自決するのではないかと思ったとか。
 
 義弟さん・・・との信頼関係はいかなものだったのか。岡田啓介の写真二枚には横に松尾伝蔵が映っています。
 
 首相就任の際に家族で喜ぶ姿には松尾家一家とありますし・・・。
 
 まさに私の興味を惹く義兄弟。
 
 話のネタにするには、陸軍に荒木が出てくる時代が苦手なんですね。三羽烏はなんとかなのですが・・・。
 
 
 226の迫水の証言の中でいちばんの私のツボとなったのは、海軍大臣の大角岑生ではないでしょうか。
 
 この人、海軍の中ではこの時代はNO2。かなり裏で動いている・・・お方。
 
 迫水は密かに大角に岡田の生存を伝え、海軍の陸隊を動かしてほしいと頼むのです。
 
 その時の大角の答えが、こう・・・
 
 
「何も聞かなかったことにする」
 
 
 迫水が疑心暗鬼になるのも分かります。この時、陸軍も海軍もついてに閣僚すら風見鶏。
 
 
 ということで岡田啓介の226の救出劇を現実逃避中に見てしまったのですが、
 
 なにか書物があれば借りてきて見ようかなと思います。やはり迫水氏の証言でしょうかね。
 
 岡田啓介は有能な秘書2人の行動もあって生きのびました。持つべきものは秘書。
 
 ところで明治の元勲たちは秘書と言えば公設の秘書官がついたり、首相秘書官もいるので、
 
 首相を退任すれば秘書でなくなる人が多いのです。
 
 私設秘書の列挙を知りたいですね。
 
 山縣の邸宅には秘書がおり、海外事情をかなり調べさせられ、山縣の家の秘書は外相より詳しいとかなんとか。
 
 牧野が酒を理由に黒田の秘書をしぶった話など、後々に有名になる秘書は出てくるのですが、
 
 生涯連れそう秘書はいなかったのでしょうか。
 
 なんて気になっている今日この頃。
 
 
 
 二二六の話を長々としましたが、
 
 さてさて「仕事の山」もどうにか片付いたので、安息にひたすら寝ようと思っています。
 
 18時間くらいは寝れます。ひたすら寝ます。一日あっという間に過ぎるくらい寝ます。
 
 
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 ◆ 本日の更新
 
  久々に携帯に山縣閥の話を。平田東助の話です。
 
  山縣閥短編「形見」
 
  山縣の古稀庵の蔵書の大部分が執事の古口新吾という方に譲られており、
 
  昭和に入って小田原に寄贈されたとのことです。
 
  というネタから書きました・・・・。
 
 
 
 本多くんの話を書いていますが、なかなかに進まないデス。
 
 気を取り直して・・・ちまちま始めます。
 
 

01:18 | カテゴリー : 日常話コメント(0)

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