淡い恋に ― 清少納言恋語 ―

1章

 御上(一条天皇)の中宮として、数多の女性にかしずかれる日々を過ごされる定子さまは、とてもしとやかで、柔和な微笑みを絶やすことのない……まさに貴婦人の称号がしっくりとくるようなお方にございます。
 そのような方に……私が仕えられるのは、なんと光栄なことと思われるでしょう。
 しかし、宮中というのは色々と格式ばったことが多いのは当たり前。まして後宮とは女性ばかりの世界のため、いろいろと女の醜さというものが露骨に表れる場所ともいえます。
 簡単に言えば「いじめ」
 この私などは、どれだけ女官たちにいびられたでしょう。まぁ、言葉が悪いでしょうが、「そんなのは無視無視」の状況。気に病む私ではありません。
 そう女の巣に女官として出仕を決めたその日から、私には覚悟というものはできています。
 いじめなどなんのその。因果応報という言葉がありますように、あとで何倍にして……いえいえ少し言葉が過ぎたようです。
 今日はこの私が見聞きいたしました、ひとつの淡き恋というものを物語りたく筆を取った次第。
 お話の主人公は十歳の年の差のある叔父と姪御さま。
 幼い姪御さまは……問題児で頭の良い叔父さまといつも一緒にいたころ。
 それは、もうお二人にとっては一番に権力とも身内争いとも無縁であった幸せなころの話かもしれません。
 それでは、私の語る恋話。ひとつ楽しんで読んでいただければ嬉しく思います。


「道長さま」
 そう定子は叔父道長を呼んでいる。父道隆の末の弟であるからには「叔父上」と呼ばなければならないのだが、定子と道長は十歳しか年の差はなく、どちらかというと定子には叔父というより、少し年の離れた兄という印象の方がより強い。
「また、ここに入り浸り。少しは自分のお屋敷に戻ってはいかが」
「俺は、ここが好きなんだよ」
 と、道長は目を閉じたまま素っ気無く答えた。
 藤原道長は北家藤原家の五男坊で末っ子。どちらかというと父母に育てられたというよりは、兄道隆に猫可愛がりされるようにして育ってきたため、未だに兄っ子といえる。自らの屋敷に戻らず、兄の屋敷に入り浸ることのほうが多い。そのため現在七歳の定子とは、ほとんど毎日顔を合わせ続け、定子は数年前までは道長を実兄だと疑っていなかったほどだ。
「父上さまが嘆いています。道長はどうしてこう……」
「あぁうるさい。義姉上のような口ぶりはよせ。それに、そんな年からちょこまかと喋る女は嫌われる」
「道長様のようにグータラで、女性に見境のないような方はもっともっと嫌われますわ」
 ふと道長はヒョイと起き上がり、その在原業平の再来と呼ばれる美貌な顔に悪党じみた笑みを乗せた。
「俺は女性にはもてるからいいんだ。女など俺に一声かけられれば、すぐに本気になる」
「嫌なお方。大嫌い」
「俺も、まだ七歳なのに大人じみた口調をするおまえが大嫌いだよ」
 二人ともが睨みあい、ふいにどちらともなく視線をそらす。そんなやり取りは日常茶飯事のこと。すぐに、どちらからともなく憎まれ口をたたき、また言い合いをしてそっぽを向くのを何度繰り返してきたか。
 それでも定子は実の兄たちよりも、道長の側に日々姿を現すのは、他の兄たちよりも道長との会話の方が張り合いがあって楽しいからだった。
「道長さまは……女性に本当の恋をなさらないの」
 またしても寝転がり、グタグタし始めた道長の顔を見ながらそう口にした定子なのだが、何を思ったのか道長は唐突に吹き出して笑い出したのだ。
「道長さま」
「何を言い出すと思ったら恋だと。つい先日まで義姉上の膝で甘えていたおまえが恋か。なんか、似合わないというか早いというか。……とにかく、笑える」
 と、定子の顔は真っ赤に染まり、いつもの怒りのそっぽ向きではなく、何かチクリとした痛みを感じたか感じなかったか。そんな、不可思議な気分になって道長から視線をそらした。
「俺は藤原北家の男子として、そのうち決められた縁談をするだろうさ。家柄も良く、財力もあり、ついでに頭も良くしとやかな女性なら文句がない。あとヤキモチを妬かない女がいい」
「都合のいいことばかりいっている」
「……男なんて体よくそんなことばかりを考えるものだよ」
 まだおかしさが止まらないらしく、必死にこらえながら道長は声に出さず笑い続けている。
「そんな道長さまに本気で恋をする女性なんていなくてよ。そうよ、こんなグータラ」
「言っておくがな。俺もこの屋敷から出たら一角の貴公子さ。ここは、気を遣うことないし、おまえも一応は女だろうけど、他の女のように女として扱わなくてもいいしな」
「な……それは私が……」
「なぁ定子」
 道長は扇子を片手で弄びながら、ふとその扇子を定子に向けて軽く飛ばした。
「おまえはまだ七歳なのだから、七歳らしくしているといいよ。子どもが背伸びして大人っぽくすることは滑稽でならない。それに、おまえはじゃじゃ馬で気の強いところが売りなんだから、こんなところで俺の相手などしていないで、そこら中を駆けて来たらいいさ」
 珍しく真摯な顔で道長は口にしたのだが、聞いた途端に定子の顔色は見る見ると曇っていった。
「知っておられるでしょう。随分と前に、道長さまと一緒に走り回っていたら、藤原の大臣の姫君はじゃじゃ馬だと噂が立って、……以来、父上様は私が外で遊んだりするのを見たくはないの。しとやかな女性になってほしいって」
「じゃじゃ馬でも俺はいいけどな」
「でもお嫁の貰い手はないと言いたいのでしょう」
「なぁに」
 定子の手にある扇をもう一度道長は奪い返し、それは一気に広げてニタリとした。
「仕方ないから売れ残ったら、俺がもらってやるさ」
 定子はまた冗談という顔になったが、その顔が何を言いたいのか承知なのか道長はさらにこう付け加えた。
「言っておくが本気だよ」
 途端に定子の顔は真っ赤になったが、ヒョイと立ち上がり道長に背を向けて……。
「道長さまなんて大嫌い。いつもいつも……本気じゃないのだから」
 そういって自分の部屋に向かって走り出してしまった。
 そのときの胸の激しい鼓動は何だったのだろうか。
 突如、走り出したために胸が驚いただけではないことを、定子は良く心得てもいたのだった。
「源氏の姫さまと……叔母さまのお預かりの姫君との噂が広がっていてよ」
 相変わらず実兄通隆の屋敷でゴロゴロ居候している道長だが、今年二十一歳となった身の上。妻帯するには遅すぎる年齢ともいえた。
「そうだなぁ。遊びだったですむ相手でもないか」
「当然でしょう。源氏の姫君さまの母君は、もはや婚姻に乗り気とか伝わってきています」
 源氏の姫君……一条左大臣源雅信の娘「倫子」のことで、その母「穆子」と道長はいとこの関係にあたる。
 愛娘をどこぞに嫁がすよりは、いとこの道長の「北の方」にすることを強く望んでいるのは噂になって広がっていた。だが道長は、まったくこの縁談話に乗り気ではなく浮名を流し続けているのだった。
「それに叔母さまは、ご自分のお手元に引き取られた姫様をこそ道長さまの北の方にって……」
「噂好きな女だな」
 藤原道隆宅に入り浸り、ついには自分の部屋を勝手に作り、日々グタグタしている道長だった。
 長兄道隆はほとほと手を焼いているが、最後には「好きにさせておけ」といい、まったくやかましく説教をするのも止めてしまっている。
 だが道長はそれなりに学問ができ、学問所では秀才として名高いのであった。
 その学識を少しは世間のために役に立てようと……道隆は「娘定子に少し学問を教えてやれ」と道長に言いつけている。
「おまえは少しの学問と、物語でも読んでいればいいんだよ。あまり下世話なことに関心を持つな」
 それとも、と道長はニヤリと笑い、そっと定子のまったく女性らしく結わずに流れるままになっている髪を一房手に取った。
「俺の色恋だから気になるのか、定子」
 パッと頬を染めて、そのままフィッと左を向いてしまった定子の反応を……中々に道長は気に入ったらしくニッと笑った。
「おまえは美しくなる。俺のために美しくなれ」
「誰が道長さまのためにきれいになるものですか」
「そう怒っている顔もなかなかに可愛いが」
「……そうやって女性を口説いているのね。分かったわ。そうやって」
 オイオイ、と道長はげっそりとして、それからこんなことを小声で口にしてしまった。
「俺は女を口説いたことなどないよ。口説かれるのは毎日だがな」
「そんなことは誰も分からないことですもの。……道長さまなんて本当に性格悪くて……なんで、こんな人を他の女の人は好きになったりするのかしら」
「定子。……誰も俺を心の底から好いている女などいない」
 エッと定子は信じられないという顔で道長の端整な顔を凝視した。
「藤原北家の末っ子。父兼家は右大臣……ついでに顔よく将来はそれなりの地位を見込める。そんな肩書きに惚れる女は多いのさ」
「確かに道長さまは性格が悪いしグータラで、人に迷惑ばかりをかけているようなところもあるけど……」
「オイオイ。そこまで言うか」
「でも、いいところもほんの少しはあるのだから、あまり気にしなくてもいいじゃないの」
「それは褒めているのか」
「道長さまが少しは落ち込んでいるようだし、元気がないから慰めてあげただけよ」
 そういう定子も十一歳。藤原北家の継承者たる「氏の長者」となる道隆の長女である以上は、そろそろ許婚の仲も定められるころ。
 なにやら道隆はいろいろと考えているようだが、その構想を誰にも打ち明けようとはしない。
「あと二、三年も経てばそれなりのいい女になるだろうさ。そうすれば……」
「そうすれば、なに」
「俺がもらってやるよ。北の方として」
 そう、何度同じ言葉を口にしてきただろうか。
 だから、それまではどんな女と浮名を流しても……正妻たる「北の方」に他の人を迎えるつもりはない。
 そんな道長の密かな思いなど、当の定子でさえもまったく考えてもいないのだったが。
「道長さまは、それが本気か冗談かいつも分からない」
 クックックッと道長は喉を鳴らして笑い出す。
「ずっと物心つく前から俺が面倒見てきたんだ。俺が理想の女のように育てた。いいか、俺は俺の宝を誰に渡すつもりはないんだ。おまえは俺のものだよ」
 と、定子の顔貌を凝視し、そのサラサラした髪を愛でる道長のその目は冷血でつれない道長のものとは違い、どこか優しさに満ちていた。
 定子の身体は頭から足下爪までドクドクと鼓動は高鳴っている。自分には分からないが、顔などは耳まで真っ赤になっていた。
 実の叔父であり、兄妹のように育ってきたこの道長という存在以外、誰一人として定子の顔を真っ赤にさせることなど無理なことである。
「十三歳になったら、俺がもらう。そのつもりでいろよ」
「それが本音か……そのときになったらようやく分かるのね」
「生意気な女だ」
 道長はまたゴロゴロと寝転がり始めてしまった。こうしてゴロゴロと、時には朝廷に出仕したりもし、夜になれば遊びに出ることもあるが、それ以来はグータラを実行ばかりしている。
 今は昼寝とばかりの道長だったが、……今日は少しばかり勝手が違ったよう、だ。
「道長。このグータラ弟めが」
 この屋敷の主、藤原道隆が珍しく怒鳴り込んできたのである。
「父上さま」
 だが道長は振り向こうともせず、スヤスヤと寝息を立てるなどおそらく狸寝入りなどしているが。
「寝たふりなどしてもダメだ。こちらを向け。話がある」
 この頃は道長の挙動に、ほとほと手を焼き続け諦めの境地にいたった道隆だったのだが、どうやら今日はこのグータラ弟を見逃せない大事があったようである。
「定子。部屋に戻っていなさい。このグータラな弟と二人だけで話があるのだ」
 はい、と一応は父親の手前慎ましやかに答え定子が立ち去った部屋には、兄弟が久しぶりに二人だけで顔を合わせた。
「なんだ、兄上。俺は眠いぞ」
 いやいやながら起き上がった道長の前で、兄道隆は間髪いれずにこういった。
「御上を落飾させ、懐仁親王が践祚させる。いいか、そうなれば父上は摂政となれるのだ」
 これには少しばかり込み入った話がある。
 御上の関白として権力を握っているのは、道長、道隆の父兼家の兄(道長にとっては伯父)兼通。だが、数年来より体調を崩し、関白の責務は務められてはいない。この兄が一刻も早く世をはかなくすることを祈っていた兼家だったが、ついに兼通の危篤を知ったそのとき、朝廷に兄兼通に変わって自分を関白にするよう進言したのだった。
 だが弟のこの動きを知った兼通は、危篤であったものを怒りで蘇り、最後の力とばかりに朝廷で自らの力を使い、自分の後任の関白には左大臣であった藤原頼忠とし、弟の兼家の地位を下げてしまったのである。恨みとは危篤の人間に生きる活力を与えるらしい。
 この兄弟は、昔からいさかいが絶えず、まして成人してからは権力争いを続けに続け、ここまで来れば手の施しようがない。
 時の御上(花山天皇師貞親王)は、先に寵愛の女御祇子を身ごもったまま亡くしている。この死に御上は悲嘆のあまり、自らも出家してその死を弔いたいなどと呟き始めた。そこに抜け目のない兼家の目が光ったのだ。
 御上の立太子の懐仁親王は、兼家の娘詮子の子ども。懐仁親王が御上になれば、誰一人文句は言わせず外戚として兼家が摂政となり、権力をこの手に握ることができる。
 だが立太子といえども、現在の御上がまだまだ十九歳。若く丈夫ゆえ、いつ懐仁親王が御上になれるかは分からない。まして、兼家とて五十代半ば。いつ、死が迫ってくるか分からない。
 生あるうちに権力をこの手にしたい。そのためならば、今はなんでもする。そんな意気込みでいるようだ。
 そのため、今すぐ御上を出家させ、立太子懐仁親王を御上の座につけようと考えたのだろう。
「道兼が御上を誘い出し、共に出家しようという段取りになっている。翌日、御上は元慶寺に道兼と入る」
 道隆が語ったのはこういう計略だった。
 兼家次男で、道長には同母兄にあたる道兼が言葉巧みに御上を、共に出家するゆえ寺に向かおうと誘い出す。
 その間、兼家、道隆、道綱(兼家三男、道長の異母兄)は、宮廷を閉ざし、三種の神器を持ち出し、懐仁親王の館に運ばせる。
 このことにより御上は寵妃の死により出家し世を捨てたということになり、変わって立太子(東宮)懐仁親王が御位に就けるという算段。
 そして兼家は外祖父として、摂政となり権力をその手に握る。
 まさに宮中の皇位継承にまつわるクーデターのようなもの。
 何も言わずに兄の話を聞いていた道長は、フワぁーと眠そうに欠伸をもらし、そしてこういった。
「そんな大事。俺なんかに漏らしていいのか」
「兄弟結束してことを図ろうとしている。……グータラなおまえにも少しは役に立ってもらうぞ」
「面倒だな」
「道長。この兄の頼みを聞いてはくれないのか」
 藤原道隆……温厚にして、中々に情のある人物。つねに柔和な表情を崩さず、面倒見がいいからか、下からの評判はなかなかにいい。
 だが、だ。
 人畜無害のこの兄は、実はなかなかに性格が悪いことを道長はよく知っている。
 そう、この言葉を言えば、決して道長が逆らえないことを道隆は知り抜いているゆえに口にしたのだ。
「兄上はずるい。俺が逆らえないことを知り抜いているだろうに」
 道隆が、フッと柔和を崩して黒き瞳にキラリと冷めた感情を過ぎらせたのは一瞬のこと。
「おまえの役目は、御上が落飾される時を移さず関白頼忠に御上が行方不明になられたことを告げる、ことだ。密かに出家のことも遠まわしにほのめかせ。これで御上は御位を放棄されたということで、東宮懐仁親王が即位される」
 それは道長に否やを言わせず、もはや決められたことを口にしている事後報告だった。
 道長はため息ながらに「承知」と付け加える。
 グータラな日々を過ごしている道長とは言え、決して野心がないわけではない。自らの立身出世のためには、父が最高権力者たる地位にある方が都合がいいというものだ。
「父上は悪党だと思っていたけど、そこまでやるとはな」
「我々の父だ。そこまで、くらいはするだろう」
 と、道隆は口にし、スッと立ち上がった。
「決行は翌日。何事もつつがなく……万事取り計らうといい。道長、兄はそちを誰よりも信じているからな」
 はいはい、と口にして、ニッと道長は笑う。その顔に道隆は満足したのか涼やかに笑って立ち去っていった。
「それに少しは出世しておかないと、兄上は定子を俺にはくれないだろうが。従五位下の俺などにはな」
 どんなに可愛がられていようと、いざ権力がかかわると兄道隆はとてつもなくシビアになるのだ。
 愛娘の定子を、たかが従五位下のパッとしない弟に渡すはずがない。
 兄の性格など、その手でほぼ育てられた道長が一番に心得ているといっても過言ではなかった。
「まぁ陰謀の担い手になるのも、たまには悪くはないさ。父上などどうでも良いが、兄上のためでもあるし」
 されど、このときの道長さまの目論見は大きくはずれることになるのです。
 陰謀はもくろみ通りに成功を見ました。いわゆる「花山院事件」なのですが、藤原道兼さまにともに出家するからと元慶寺に入られた御上は、そのまま落飾されます。けれど、さらさら出家をするつもりはない道兼さまは、「最後に出家する前の姿を親に見せたいので」とか意味不明なことを言われて、早々に逃げ出してしまい、いつまでも戻ってこられませんでした。御上もこのときになって、ようやく自分が騙されたことをお知りになったようです。 けれど落飾され僧になってしまっては後の祭り。
 御上が行方不明になられたことを関白頼忠さまに報告され、密かに出家のことも含んだ発言をされたのは道長さまでした。
 こうして六月二十三日、御上出家により東宮懐仁親王が践祚され、翌日外祖父兼家さまは念願の摂政の地位を手にしたといういきさつです。今も昔も宮中のクーデターというものは、泥沼であること。何と肉親の権力争いというのは、醜いことでありましょう。
 懐仁親王が正式に即位されたのは、一月後の七月二十二日のこととなりました。一条天皇と後に呼ばれますが、このとき七歳の幼さ。まさに兼家さまの権力の独壇場でございますこと。
 新しき幼少御上の母君詮子さまは皇太后になられ、女性としての権勢を思いのままにすることができるようになりました。
 詮子さまは兼家さまの娘さま。そして、道長さまにとっては同母姉。末っ子の道長さまをこよなく可愛がっていることで有名で、もはや、道長さまの出世はこの姉君詮子さまの力によって約束されたようなものでした。そう、グータラでうだつのあがらない藤原兼家さまの末っ子は、こうして権力の階段を昇り始めたということです。
 この後、権大納言に就任された道隆さまは、父兼家さまの名実ともの跡継ぎになるべく動き始めていきます。
 そう、父兼家さま……先祖藤原鎌足さまの御世より行ってきた天皇家に娘さまを差し出し、その娘さまがお生みになったお子さんを御上(帝)にするという策略。道隆さまは三十四歳。新しく御上になられた懐仁親王さまのもとに娘さまを入内させて、後々に外祖父として権力を握ることを考えたのです。
 そう道隆さまの長女定子さまは現在十一歳。御上になられた懐仁親王は、七歳。四歳違いのいとこ同士。まさに理想通りの婚姻を、このとき道隆さまは思考し始めてしまったのです。



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淡い恋に-清少納言恋語-1

淡い恋に-清少納言恋語- 1章

  • 【初出】 2004年ごろ / 全2章完結
  • 【改訂版1】 2007年02月26日  【修正版2】 2012年11月29日(木)
  • 【備考】