逝く者、いくもの

22章

 旗艦蟠龍は、その日の日ぐれ前には箱館港に入った。
 小五郎は負傷兵の箱館病院や分院の高龍寺への移送の手配を軍医とともにすることになり、忙しなく動いていると一人の若い軍医が声をかけてきた。
「小五郎さん。会津藩出身者はできるだけ分院の方にね」
 高龍寺分院の方には旧会津、盛岡といった東北諸藩の負傷兵が多く療養している。同郷の仲間が多い方が心強いらしく、よほどの重傷兵以外は分院に集める方針となっているらしい。確かに「同郷」という言葉は負傷兵に少なからず「安堵」をもたらすだろう。
 分かりました、と頷いた小五郎は、なぜかこの時「同郷」という言葉が胸に残った。彼自身の「同郷人」はすべて「敵」としてこの箱館にある。寄る辺のない身の上である自分に、今、捨ててきた同郷という言葉がひどく重く心に圧し掛かり離れようとはしない。それはなぜか。
 ……死なないで。
 後輩の山田の言葉が小五郎の脳裏を包みこむ。乾き切った心に温かな風となって注ぎこんだこの言葉が、今、小五郎を生かしている。
 ほぼ手配が終了したころ、港に箱館病院院長の高松が下りてきた。
 高松の飄々とした顔を目にした瞬間、不思議なことだが小五郎の体からスッと力が抜けきった。
「小五郎くん」

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 高松の顔には怒りが滲んでいた。間違いなく小五郎の無鉄砲な行動が耳に入っている。どうにも居心地の悪さを味わいつつも、これも一つの報いだろうと小五郎は思った。拳を握りしめた高松の気持ちが胸に迫る。すべてを受け止めるべく一心に高松を見つめると、
「……君という人は……。医者見習いの身で……一人で敵陣に乗り込むなど」
 返す言葉もない。
「死にに走ったでは済まない」
 小五郎は居たたまれなく、心持ち下に視線は向いていた。
「本当はここで君を殴り飛ばすのが筋なのだろうけど、君を戦場に行かせた私にも責任がある。ついでに早く戻せと言っているのに対処しなかった大鳥さんを散々に責めまくったのでどうも気が抜けてしまったというかな」
 大鳥が箱館に戻った際の高松の様子を「悪鬼の如し勢いだった」と震えながら小五郎に語るのは後のこと。小五郎を戦場に送りだしたために一番被害を被ったのは大鳥かも知れない。
「小五郎くん」
「………」
 どこか穏やかな口調に変わったのを感じ、小五郎は顔をあげると、高松は笑った。
「約束通り無事に帰ったね。おかえり」
 ポンと頭に下ろされた手に、小五郎はわけも分からず茫然とし、そして目に熱いものが滲みだす。胸がズキリと痛んだ。
「生きてくれて良かった。ついでに死相もきれいさっぱり取れて、これまためでたいね」
 言葉とともにギュっと強く抱きとめられ、高松の胸の中で

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小五郎は静かに涙を流す。
(帰ってきた)
 ここが小五郎が選んだ居場所だった。


 小五郎のそれからの日々は、高松の監視のもとで安静にしつつ、時には医者見習いとなって働くことだった。
 高松は目を光らせ、決して勝手な行動を許さず、なによりも同部屋の人間すべてを監視にまわすという徹底さに、小五郎はさすがに疲れ果てた。
「疲れたならすぐに寝る」
 「縛り付けてでも静養させる」という高松の脅しに屈してひたすら横になり、身体が随分と自由に動くようになってからは、薬を煎じ、負傷兵の治療を繰り返す。
 刻一刻と「戦」は箱館の街に迫っている。
 あるものは荷車に家財を詰め込んで山の中に避難した。それでもまだ五割の人間は箱館の街にいる。未だ大砲の音も銃声も聞こえず、戦火の見えない箱館の街は疑心暗鬼に捕らわれながらも、戦が迫る現実感というものが遠いのかもしれない。
 小五郎は一人、外に出た。
 叩きつけるかのような雨が頬を打つ。すでに桜は散り、若々しい葉桜の緑が目に映える時期となっていた。水滴が緑を際立たせる。
 西の方角に目をやった小五郎は、風にもみ消されるほどに小さな呟きをもらした。
「歳どの……市」
 土方歳三が受け持つ二股口の戦闘が始まっていた。

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「僕は土方って男が嫌いだぁぁぁぁ」
 松前より戻った山田市之允は台場山より西四里の鶉村で一人喚きちらし、ついでに椅子も蹴飛ばした。怒ってもどうしようもないことは分かっている。怒るという不利益などせずに、早朝の戦に向けて睡眠を取るべきということも山田には十二分に分かっていた。それでも腹が立ってしょうがない。
「落ち付いて、市」
 前線より戻った征討軍軍監駒井政五郎が「どうどう」と山田を抑えようとする。
「落ちつけるか。あの京都で土方にはどれほど煮え湯を! 栄太さんたちは池田屋で新選組にやられた。僕は忘れていない。桂さんだって」
「市!」
 日ごろ物静かな駒井の怒号に、山田はビクリと肩を浮かしてしまった。その場に緊迫した沈黙が流れ始める。
「……今は過去の恨みを並べている場合ではないよ」
 十三日に戦端が切られ、一端は弾の欠乏により稲倉石まで征討軍は退いていたが、本日四月二十三日、征討軍と箱館軍の斥候が衝突し、再び二股口の戦闘の口火が切られた。
 江差より箱館に出るためには三つの道がある。日本海側を一周し松前に至り海沿いに箱館にいたる松前口、江差よりわずか三里の上ノ国より峠を超えて木古内に至り海伝いに箱館にいたる木古内口、そして二股の峠を超えて大野村に至り、そのまま五稜郭に突入できる二股口。三方においてこの二股口が箱館に至る最短の道と言えた。
 すでに木古内口は征討軍が取った。このままじりじりと海伝いに箱館に至る道を確保していく。

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それに合わせるように二股口も平定し両軍をもって五稜郭を攻撃するのが山田の頭にはあった。
 駒井のもとに寄せられた情報によると、二股口を守護するのは土方歳三を頭とする伝習隊や衝鋒隊が主な兵で、その数多くて五百。台場山に陣を敷き、天狗岳を前衛として土塁や胸壁(要塞)を多数築いているという。その胸壁は仏蘭西人が指導しての構築であり、堅固過ぎて、これを抜くのは容易でない。
「敵に不足はない。そうじゃないかい」
 駒井が穏やかな顔に戻った。
 山田はそんな十数年来の友の顔をジッと見つめる。長い付き合いの友が一瞬遠く感じられ、そしてあぁ駒井は大人だ、とふと思ったのだ。
「土方の首を取って景気づけにするかな」
「その意気だよ」
 勇ましい言葉を口にしつつも、このゲリラ戦、簡単には決着はつかないことは山田は悟っていた。ここは二股の山奥。海からの援護は一切ない。
 征討軍の構成は主に長州藩兵と松前藩兵でされており、その数は敵の倍と言える八百と言えた。だが地の利は敵側にあるのは自明の理であり、この台場山を制圧するにはあの土方が構築した胸壁を抜かねばならない。
 地の利を活かしたゲリラ戦ほど厄介なものはないことを山田は知っている。
(……長引くかもしれない)
 折しも雨が降り続く。これでは泥仕合の様相が濃くなってきた。
「僕はそろそろ戻るよ。

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みんなには銃の撃ち合いだけを指示してきたからね。今では敵さんとは阿吽の呼吸になっていてね。どちらからともなく休戦にしようとするときの呼吸まで分かるようになっていてね」
「駒井……」
「なに? 顔色がよくないね。一眠りしたら応援に駆けつけておくれ」
 山田は小五郎のことをこの古い友に伝えるかどうかを迷った。駒井も小五郎のことはとても心配している。
「一眠りしたらすぐに行くよ」
 山田は苦く笑った。
 今は戦場にある。この戦に勝つことだけを念頭に置かねばならない。二股口の総大将は駒井である。ここで余計なことを耳に入れて、この集中力を反らしてはならないと山田は考えた。
「……この二股を抜いて、早く海に出たいね。僕は海が好きだから。そう戦が終わったら、市と一緒に青き海を見に行くのだから」
 駒井は遠い目をする。その目はきっと未開の地の未知なる光景を夢想しているのかも知れない。それもまた駒井らしい。武人としては勇猛果敢な男であるが、どちらかと言うと武人よりも机上で夢想していることが似合う男に思える。そう言えばあの小五郎も駒井のことはとても気にいっていた。
(すべてが終わったら、話すよ)
 二人で桂さんを連れ戻しに行こう、と山田は心底で呟いた。
(それにしても桂さん……)
 あの箱館軍において正体を知られずに身を潜めていることが、不思議でならなかった。幕臣にも「長州の首魁」の顔を知るものは少なからずいよう。

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確か小五郎の縁者である中島三郎助が箱館にはいるはずだ。
「うわぁ」
 この時、山田は今まであえて考えずにきた「可能性」が頭にかすめた。
「市?」
 新政府において政治顧問である小五郎である。その正体を箱館側に知れた場合、小五郎は十二分に人質になりえる男だ。いや小五郎の身を盾にとって要求を突きつけてくることも考えられる。その場合、小五郎の矜持からすれば一も二もなく「自害」を選ぶのではないか。
「この戦、さっさと終わらせないとならないよ、駒井」
 ここで山田は焦りを感じた。
 一時も早く小五郎の身を確保して安全な場所に移さねばならない。泥仕合よりも大切なものがある。少なくとも山田にとってはこの一戦の勝利よりも、小五郎の身が何百倍も大切だ。
「そうだね。……せめて雨がやんでくれるといいのに」
 前線に向かう友の背を山田は見えなくなるまで見送った。
 馬にまたがった駒井は何度も振り返って手を振る。きっと穏やかに笑っている。駒井はそんな男だった。


 二十三日の夕暮れ時より始まった二股口の戦は激戦となった。
 駒井の指示のもと天狗岳を急峻な崖を登って攻めいる征討軍を、箱館側は左翼より小銃を構え狙い撃ちにして防戦した。箱館側はほぼ防戦一方でこれは徹底している。
 箱館側に異変が起きたのは翌二十四日未明。防戦を繰り広げていた箱館軍は、突如自ら打って出たのである。

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滝川充太郎率いる伝習士官隊だ。征討軍は不意を突かれた。滝川は自ら馬に乗って突撃を号令。その勢いに征討軍は圧され、後ずさりを始める。
「退くな」
 駒井が叫んだ。
「ここを防げば味方の援軍が駆けつける。今は防戦せよ」
 大混乱の征討軍にその声は届かない。見る見るうちに敗走を始める味方に駒井は茫然となった。だがそれもわずかなことだ。すぐに馬で駆け味方の暴走を止めにかかり、大声で指令を出すその中、
「あれが大将だな」
 箱館軍の伝習士官隊の一人が駒井を凝視した。
 かつて横浜の太田陣屋で仏蘭西顧問団より洋式訓練を受けた伝習士官隊は、旧幕府の中でも折り紙付きに洋式銃の扱いに慣れていた。男はシャスポー銃を構える。大将と思しき男の頭を狙った。引き金を引くその時、今までで一番に体が昂揚した。
 弾は発射された。
 何かに惹かれるように駒井は振り返る。そのため男が狙った一弾は逸れた。続けざまに横の同僚がもう一弾発射した。それは駒井の胸に命中した。鮮血が滲む。
「やったぞ。大将をやった」
 男が小躍りし同僚とはしゃぐ中でも戦闘は続く。
 駒井は胸に訪れた痛みに気づくのが遅れた。人は極限状態に至ると痛みよりも目の前の「事象」に左右されるのかもしれない。
「退くな、引くな!」
 駒井は叫び続けたが、胸より滲む鮮血の赤を見て、そうか撃たれたか、と笑った。

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「駒井軍監」
 駆けてくる若者の愛嬌ある顔を見て、駒井は微笑み続ける。
 落馬の痛みはなかった。男に支えられ、弾が飛び交う場より引きずられるようにして立ち退く。
「……ひ……くな」
 それでも駒井は叫んだ。
 意識は朦朧としていた。自分の名を呼ぶ兵士の声も徐々に薄れて行く。
(僕はここで死ぬ)
 その事実をすでに駒井は知っている。
(市……)
 松下村塾で机を並べて学んだ友の顔が頭に浮かんだ。
「あおい……うみは……みれそうに……ないな」
 それだけが残念だと思った。いや彼の心底には様々な悔いはあっただろう。郷里にある年老いた両親の顔もあったかもしれない。この戦より戻ったならば祝言をあげよう、と言い交わしてきた娘もある。青春のすべてを賭けて国事に奔走し、この大変革期の行く末を見ることが適わぬ悔しさもあろう。
 そのすべてを飲み込むほどに、駒井は友を思った。
「うみを……あおいうみを……」
 市、どうか僕に変わって「青い海」をいつか見てほしい。
「駒井さん」
 少年兵が叫んだ声はついに駒井の耳には届かなくなった。
 二股口の一戦で銃弾を浴びた駒井政五郎は、その日、絶命した。享年二十九歳。松下村塾出身であり、将来を嘱望される一人であった男が、未開の地で逝った。
 遺体は戸板に乗せられ、援軍を連れて出兵する最中であった

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山田のもとに運ばれてくる。
 すでに山田は駒井の死を聞いていた。
「……駒井」
 友の死を目の前にして、山田は泣き喚きたかった。その遺体にむしゃぶりついて思う存分哀しみを表に出したかった。
 だが山田は征討軍の事実上の総大将である。今ほどその立場が身に染みたことはない。
「よくやってくれた。混乱を防ごうと立ち回ったと聞く。それでこそ長州男児。それでこそ……駒井だ」
 山田は遺体に向けて敬礼をし、その死に顔を目に焼き付けた。静かな顔をしている。穏やかで、まるで眠っているかのように。いつもの駒井の顔だ。ほんのわずかだが安堵した。
「仇は討つ。行くぞ」
 私情は強引に胸に抑え、山田は馬に乗って駆けた。先頭を走りながら、誰も見ていない中で嗚咽を堪えて泣いた。
(必ず……必ずだ、駒井。仇を……)
 ……市。
 穏やかな声音が耳にかすったような気がする。
 ……いつか青い海を。

 この日、何度にも分け援軍を投入しながらも天狗岳の胸壁を破ることが適わず、ついに征討軍は撤退を決めた。箱館軍は限られた弾を撃ち続け、熱くなった銃身を桶水で冷やしたという逸話も残っている。
 後に山田はこの時の一戦についてこう談話を残している。
「下は河。上は高く、そこの台場は堅固で敵もよく守りました。夜十二時に至るも取れず、暗がりの中を退却した」

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 この二股口の一戦は我が国において近代銃撃戦の始まりとも言われている。
 また箱館軍にも逸話がある。
 激戦の後、伝習歩兵隊隊長の大川正次郎が、征討軍を混乱させる要素となった滝川の奇襲を責めた。
「おまえはいつも考えなしなんだよ」
 この二人もそれなりに古い付き合いである。
 血気早い大川は滝川の隊服の襟もとを掴みあげる。それを睨みつけながらも滝川が反論しないのは、結果的には勝利に導いたが、敵が持ち直した場合に味方がどれほどの損害を受けたか知れないことを承知しているからとも言える。
「本多が知ったら呆れるぞ」
 その一言に滝川の頭に血が登った。
「ついでに大鳥さんは腹を抱えて笑うだろうよ。あぁ滝川ならやりかねんってよ。あの大鳥さんにそう言われるんだ」
 それは滝川にとって最大の屈辱でもある。一応は伝習隊にとっては大将である大鳥だが、その負けっぷりは下に付いてきた彼らが一番知っていた。
 気付いたら滝川は手を出していた。それを受けて大川も殴り飛ばす。これは喧嘩っ早い伝習隊としては日常茶飯事であったが、側にいた陸軍奉行添役の大野右仲が仲裁に入った。
「二人ともやめないか」
 今は添役に回っているが、大野は一応は新選組に席がある隊員だ。元来新選組と伝習隊は仲が宜しくない。と言うのも新選組の面々に言わせれば、なぜ自分たちの土方があの百戦百敗の常敗将軍の大鳥の下なのだ。それが納得できないと公然と言っているところに根はある。

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 元新選組と言っても大野は唐津藩主小笠原候が榎本と共に箱館に下向することになり、その随員になるべく新選組に入隊した男だ。あの折、各艦隊に乗船して蝦夷地に向かう隊員の人数には限度があった。大野は新選組隊士になることで箱館下向が適ったわけだ。
 勇猛で日ごろは温厚という大野だが、歴戦の勇者二人に睨まれ、若干たじろいでしまった。
 大川と滝川は構わずに殴り合いを続ける。
「奇襲だけでも愚策だろうに、なんだその後の処置は。おい! 敵軍に我々の仲間の遺体が目をくりぬかれて晒されただと。それをてめぇは見たんだろう。何とも思わなかったのか」
「腹が煮えたぎった。だから・・・」
「阿呆。まさかそれを見て頭に血が上って奇襲とか言わんだろうな」
 その折、わずかに滝川は下を見た。それだけで長い付き合いの大川には十分と言える。
「この馬鹿」
 大川は容赦のない鉄槌で滝川の頬を殴った。
「まずは沈着冷静にならんでどうする。あの大鳥さんの沈着さを見習えとは口が裂けても言えんが、このこと大鳥さんが知ったら喚いて、笑わなくなって真剣に怒る」
「そ、それは言わんでほしいな、大川」
 さすがに滝川も大鳥が怒るのは避けたいらしい。
「なにがほしいな、だ。報告するに決まっているだろう。本多の鉄槌は覚悟しておけ」
「……本多さん……こう言う時、容赦ないんだよ」
「当たり前だ」

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 本多だからな。歯の一本や二本は覚悟しておけよ、と大川は滝川の頬を拳で殴った。
 もはや周りの者が「やれやれ」とけしかけ始め、一向にことは治まらない。見かねた土方が苦笑混じりに仲裁に入った。この時、土方は双方ともに立つ仲裁の仕方をしたと言われている。
「大川子の言もとより理あり。滝川子の勇もまた感ずべきなり」
 天下の鬼の副長と言わしめた土方歳三に仲裁をさせるなど、この二人はある意味とんでもない男たちとも言えた。
 さすがに土方の仲裁となれば、この猛者二人も矛を収めた。
 だが後にこの話を聞いた大鳥は大笑いをし、ついで大いに怒り、本多についてはなにも言わず滝川を一発殴って全てを終わらせたらしい。

 二股で征討軍と箱館軍が銃撃戦を繰り返す中、箱館の弁天岬台場に艦隊よりの攻撃があった。これが箱館への最初の攻撃であり、その号音に戦は遠きものと見ていた市民はあわてふためき、大八車に家財を積んで避難を始めた。この日のうちに艦隊は撤退したが、この時はじめて箱館は戦を実感したと言える。
 弁天岬台場よりおよそ半里(1.5キロ)の距離にある箱館病院にもその号音は轟いていた。
 小五郎は外に出て、弁天岬の方向を見つめる。晴れ渡った空を見つめ、一つ大きく息を吸った。 ▼ 逝く者、いくもの 二三章へ

逝く者、いくもの 22-13

逝く者、いくもの 22章