逝く者、いくもの

4章

 二月半ば。箱館は寒気は和らぐが、時に雪が舞い視界も定かならぬこともある。また塩を含む海風が気温以上に体を冷やす。
 箱館政権において箱館奉行所奉行並という奉行の補佐に任じられている中島三郎助は、その風を感じながら半月に一度、箱館病院を訪ねる。病院の増築の進み具合を確認するためだ。
 中島は年の頃は四十代半ば。幕臣で、かのペリー艦隊が浦賀に来航した折、旗艦サスケハナ号に通詞と共に乗艦。一介の与力が副奉行と名乗って乗船したのは今では語り草だ。その後、日本初の洋式軍艦鳳凰の製造掛となり、製造の中心人員となっている。
 鳥羽伏見の戦の中では、両番上席軍艦役であり、幕府海軍に身を置いていた。
 温厚篤実を絵に描いたような人物で、人柄が特によく、また面倒見が良いことから、上下問わず人に好かれる男である。
「高松くん。薬は足りているかい」
 海風が吹き荒む中、中島は馬をゆっくりと走らせて病院を訪れる。時折、長男の恒太郎を伴うこともあったが、今日は一人だ。
「共もつけずに危ないですよ」
 共に旧幕臣ということで高松と中島は気心が知れている。
 また万国博覧会に徳川昭武を代表とする幕府側の随員として巴里に渡り、帰国したならば大政奉還となり将軍家奥医師の地位を失った高松を、中島はとても気遣っていた。
「なぁに、そこまで老け込んではいないよ」
 中島は笑い、そして薬を煎じている小五郎を見て、一瞬何ともいえぬ苦しげな顔をした。

宵ニ咲ク花の如シ 4-1

「小五郎くんの体はどうだい」
 小声で高松に問うと、
「船内よりは随分よくなりましたよ。やはり空気が良い蝦夷地で静かに療養するのは体には適していたんでしょうね」
「……そうか。彼は昔から体が弱かったゆえな」
「土方くんが面倒を見ていましたが、まさか中島さんもお知り合いだったとは」
 高松はわずかに怪訝な眼差しをしたが、
「……昔。随分と昔だが、家に寄宿していたものでね」
 苦笑いをし、中島は小五郎を見据える。あいも変わらず儚げで、生きる気概が何一つなく、たゆたうようにして在る小五郎が……中島には不可解でならなかった。


 箱館病院の院長室に通された中島に、茶を運ぶため小五郎は院長室に入る。
 先ほどまで中島と会話を楽しんでいた高松は、急患が出たため、その処置に当たっていた。
「まだ箱館港より外国艦船や商船が出る。……今なら戻れる」
 中島は半月に一度、ここに訪れるのは、ひとつに小五郎の説得のためであった。
「……私は此処にいます」
 小五郎はその説得に感謝はするが、意志を曲げることはない。
「小五郎くん。ここは生き残りの住処。敗残のものの最後の砦だ。君がいるところではない」
「……いいえ。私に相応しい場所です」
「そこまでして、死に場所が欲しいのかね」

逝く者、いくもの 4-2

「はい」
 それ以外の答えを今の小五郎にはなかった。
「……この後の政府の頂点に君は立てるのではないか」
 中島は、小五郎の身の上を知る数少ない人間である。
 まだお江戸で剣術道場練兵館の塾頭という立場の二十代の折、この中島に造船の技術を学びたい、と小五郎は頼み込んだ。昼間は練兵館で塾頭という責務を果たさねばならなかった小五郎は、夜はこの中島邸の小屋に住まい、学んだものだ。その折「小屋しかなくて申し訳ない」と中島はいつも申し分けなさそうだった。
 浦賀奉行与力の身分でしかない中島は、とても書生を持てる立場ではなく、家もまた家族で住まうのが精々の長屋のようなものだった。
 小五郎はかえって申し訳ないと思いつつ、夜な夜な造船について語る中島を慕った。
 また中島の子どももまだ幼く、小五郎に懐いたものだ。
 安政三年に、幕府は長崎海軍伝習所を創設。総監は現在箱館奉行の立場にある永井尚志。中島がその一期生として入所が決まった際、小五郎も共に、と許諾を願っている。
 これは幕府よりはねつけられた。幕臣の中島に長州藩士の小五郎が付いて行く、というのもおかしな話ではある。
 これが長州藩よりの願いならば、おそらくあっさりと通っていただろう。事実、松島剛蔵という初代長州藩海軍総督も入所している。
「……中島さん。私には国も力も・・・もう必要ないのです」
 おそらくあの折、中島とともに長崎海軍伝習所に行っていたならば、小五郎の行く道は大いに違ったかもしれない。
「私は君を……捕らえたくはないのだよ」

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「捕らえても無駄です。全て投げ捨ててきた今の私は、ただの和田小五郎でしかないのですから」
 本日もまたいつもの堂々巡りにあう。
「私のことは捨て置きください。自らの身は、自らが処置いたします」
「君は……、私は君が国家を担うことを誇らしく思っていたよ。共に語りあい、共にあった君だからこそ……」
「私のようなものに、そのような大役が回ってくるのが世のゆがみなのです」
「小五郎……くん」
「中島先生には感謝しています。私の身の上を黙してくださること。それだけで……ありがたいのです」
「何を言っても聞き入れる気はないのかい」
「はい」
「……君なくして、政府は長州は持つかい」
「時は人の変わりなど、必ず用意いたします」
 小五郎は昔から不器用でそして信条のためならば命をかけて真っ直ぐにかける青年だった。
 人を疑わず、人懐こく、そして人を怖がり、人を信じる。長崎海軍伝習所の同期の勝義邦は、この小五郎のことを「天性の政治家」といって笑っていたものだ。
「私は諦めない。君はこんなところにいてよい人間ではない」
 中島は茶を飲み干し、変わらずの味に懐かしさを思った。
「私は変わりません」
 そして、弟のように思っていたこの小五郎を、中島は決して捕縛できない我が身を知っていた。

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 無理をさせたか、と高松は小五郎の体を看ながら、吐息をこぼしてしまった。
 中島が帰って後、小五郎は何かを振り切るように患者の看病に当たっていた。その必死さが痛々しく、高松はどうにも「休むように」とは言えずにいた。それがこの事態となった要因だ。
 疲労著しく、まるで意識を失うかのように寝込んだ小五郎の脈を診ながら高松は、やれやれとため息をついた。
(中島さんが来ると……いつも小五郎くんは荒れる)
「先生……小五郎殿は大丈夫か」
 同部屋の人間にとっては、どうやらこの小五郎という男は「生き仏」に等しいようだ。
 頑固一徹の老兵までもが、小五郎の諭しに応じて先祖代々の刀を手渡したときには、高松も驚いたものである。
 回天の船内で明らかな労咳の症状が見て取れたが、運良く病み抜け、以来一度も咳に血が交じることはなく、この病院で養生をしている小五郎は、身も心も疲れ果てているようだった。その黒曜の瞳が生に対して何一つ執着がないのも気になった。
「大丈夫だよ。だが数日は安静が大事だな」
 小五郎の寝顔はいつも苦しげだ。涙を流すこともある。今にもこわれそうなほどの苦痛と、そして……
「しんさく……しゅう……」
 呼ぶ名も変わらない。
「ごめんね……ごめん……みんな」
 この青年が捨ててきた「過去」とは、いったいどのようなものだったのだろう。
 中島がこの小五郎を見る目は、常に労わりと不安。心配。そして、身内を見るのと同様の思いを込めている。

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 旧幕府において海軍に創世記よりあの勝とともに携わってきた中島だ。
 その中島宅に居候していたという小五郎。だが幕臣というのは違う。彼にはこの箱館において幕府に対する哀惜も情も持たない奇異な人間に見える。
 土方とかかわりがあるとならば新選組関係か、と思うが、彼らが持つ特有の殺伐とした気概は、小五郎には一欠片すらない。
 不可思議で……その冷め切った黒曜の瞳が印象的で。
 高松はとても掴みきれんと思いつつも、ふとある一種の好奇心がいつも胸によぎる。
「しばらく寝かしておくよ。みなも動き回らぬように監視していておくれよ」
 はい、と頷いたので、高松はとりあえずは笑った。


「なんというか、散歩というか……散歩なんだけど、つい迷ってしまったというか」
 病院には時にして「病気」でないものも訪れる。
 箱館政権陸軍奉行大鳥圭介が馬の手綱を引っ張って現れた。
「突然の雪で視界不良になったんだよ。まさか二月に雪が降るなんてね。蝦夷は奥深い」
「……温まっていくといいですよ」
 高松はため息ながらに大鳥を見る。
 五尺に満たない身の丈の大鳥は、たいていの人間と比較すると背丈が低い。そのため見下ろされてばかりだ。
「……お寒くありませんか」
 小五郎は思わず屈んでしまった。

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 これは仲間内に同じくらいの背丈の人間がいるための癖であるのだが、大鳥は目をパチリとさせ、にっこりと笑う。
「あなたは良い人だね」
 小五郎は柔らかく笑みつつ、心臓は早鐘のように鳴っている。過去にこの大鳥圭介を一度だけ見かけたことがある。
 随分と昔のことだ。まだ一介の書生でしかなかった自分が、お江戸の練縄館(江川塾)を訪ねた際、遠くに見かけたのが当時江川塾の教授だった大鳥だった。黒船が来航した際、江川英龍には実に世話になっており、彼が亡き後、息子の英敏が塾を継いだということで、挨拶がてら顔を出した。
 今となっては不思議な縁だ。
 ほんの一瞬の出来事ゆえ大鳥は覚えておるまい。
 ましてやあの時、大鳥の背後でにっこりと笑っていた青年は、今、この五稜郭を攻めようとしている薩摩の参謀黒田了介(清隆)というのも、宿世に感じられた。
「小五郎くん。大鳥さんは放っておけばいい。そのうち本多くんが迎えに来る。いつものことだ」
 高松ははあぁぁ~と大仰にため息をついて、告げた。
「高松……先生か。一応は。それは言いすぎだよ」
「まさに迷子の迷子のコトリさんってところかな」
 どことなく口ぶりは歌うように間延びしている。
「高松!」
 大鳥圭介といえば緒方洪庵の適塾に学び、師に可愛がられた男と聞いている。洪庵は貧困に苦しんでいた大鳥に按摩を教え、一月に何度か大鳥に腰をもませたと言う。
 戦略を立てるのは上手だが、自ら実行するのが不得手。人望はあり将器ではあるが、惜しむらくは勝機に見放されている。

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 努力家で有名なところからして、コツコツと積み上げる官僚が似合う男なのだが。時に情が厚く、よく泣くのが玉に瑕だ。
 高松凌雲も適塾の出身だ。大鳥とは共に学んだことはないが、お江戸で人を介して知り合うことになった。
 後に福沢諭吉が言うには適塾は「とんでもない奴らの住処だった」らしく、喧嘩っ早く、宿舎で大酒をくらうは、女郎屋に繰り出すは、まともな奴がおらん場所、とまで言っている。 悪党の住処とは言い過ぎだが、そこに数年の間住人だった高松と大鳥も、ひとつやふたつでは語り尽くせない武勇伝があるようだ。
「だから鳥さんはいつも土方くんに叱られてばかりなのだよ」
「土方くんは良い人だけど、とっても厳しいんだよ。顔を合わせれば言い合いしかしないし……」
 高松はため息をつき、茶を大鳥に渡してやった。
「君は小五郎殿と言うのかい」
 一瞬ドキリとしたが、顔には決して出さない。
「はい。和田小五郎と申します」
「俺は大鳥圭介。そうだ……鳥さんと呼んでくれるといい」
「と……鳥さん?」
「そうそう」
 はぁ、とこの時は小五郎は吐息を漏らしたが、この後、この「鳥さん」としばしば付き合うはめになる。
「小五郎くんは、そろそろ横になる時間だ。それから温まったら鳥さんは」
 帰れ、といえば迷子になると思い高松は再びため息をついた。
「俺はここで本でも読んでいるよ。そのうち本多が気付いて迎えに来るだろうしね」
 暇があれば本を読む本好きな男は、軍服の懐にどうやら本を

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一冊忍び込ませていたようだ。
「大鳥さん」
「鳥さん」
 呼び名をなおされ、小五郎はわずかに笑い、
「鳥さん」
「合格」
 面白い人だ、と心から思った。
 それから一時も経たず、一人の青年が馬を飛ばしてきた。長身のスラリとした体格の男だが、その顔は美男子というほどまでは際立ってはいないが端正で柔和。穏やかさが全身より漂う「優男」で、年のころは二十歳くらいだろう。
 青年は身を包む気迫がほとんど皆無なため、目だった印象にはならないが、小五郎は「格好良い」人と覚えた。
「……お迎えにあがりました」
「待っていたよ」
 大鳥は嬉しげににっこりと笑って、その青年のもとに早足で向かう。
「雪の日の偵察はおやめ下さい、と言いました」
「迷っても本多が必ず見つけてくれるから大丈夫だよ」
 大鳥は無条件な懐きを見せ、青年は困ったように吐息をひとつこぼす。
 青年の名は本多幸七郎。高松が教えてくれたのだが、箱館政権において歩兵頭にして第二烈士満連隊長とのことだ。幕府伝習隊の出身で、江戸以来の大鳥の「副官」のような男だという。
「……見つけられなかったらどうしますか」
「見つけるよ、本多なら」
「私はいつも万が一をですね……」

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「ほら、今日もこうして見つけた」
 にっこりと笑った大鳥は、本多の頭に乗っている雪を背伸びしてはらい、その頬に自らの手を当てた。
「寒い中、ありがとう。本多」
 ほんわりとした空気が二人の間にはあり、あぁこの二人はとても「軍人」には見えないと思った。
 だが、いざ戦争になると、その風情を捨て、軍人の顔に転換されるのだろう。
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逝く者、いくもの 4-10

逝く者、いくもの 4章

  • 【初出】 2010年4月24日
  • 【改定版】 2011年6月15日   【修正版】 2012年12月20日(木)  【第二次修正版】 2017年1月24日(火)
  • 【備考】―新政府(長閥中心)登場人物紹介
  • 桂と土方が友人設定。